黒澤 明 羅生門。 黒澤明はすごすぎる 『羅生門』

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黒澤 明 羅生門

黒澤明(1910~98)と言えば日本を代表する映画監督ですが、彼は自分の作品の中での音楽にもかなりこだわりを持っていたそうです。 そのため音楽を担当した作曲家とケンカ別れ、ということもありました。 <どですかでん>と<乱>を手がけた武満徹(1930~96)がそうですし、<どん底>や<用心棒>、<椿三十郎>、<赤ひげ>といった1950年代から60年代にかけての黒澤映画の音楽を担当した佐藤勝(1928~99)も<影武者>の制作時に考えの違いから降板しています。 そりゃあケンカするはずです。 さて、佐藤勝よりも前の時期、即ち1940年代から50年代にかけて黒澤映画の音楽を何作も手がけた作曲家が居ます。 それが早坂文雄(1914~55)です。 早坂は<ゴジラ>で有名な伊福部昭(1914~2006)と共に活動をしたこともありますが、僕にとっては清瀬保二(1900~81/宇佐市出身)や武満との繫がりの方が重要だったりします。 まあその辺りの話は長くなるので今日は省略。 早坂は若いうちに亡くなっていますが、彼は1930年代から50年代の日本の作曲界をリードしただけでなく、映画音楽の分野でも大きな足跡を遺しました。 溝口健二や成瀬巳喜男など往年の巨匠監督とも組んでいますが、やはり黒澤とのコンビが最も重要なのではないでしょうか。 二人は1948年の<酔いどれ天使>から55年の<生きものの記録>まで全部で8作で組んでいますが、音楽という点から言えばまずは<七人の侍>と<羅生門>だと思います。 特に<羅生門>。 芥川龍之介の<藪の中>を下敷きとして、1950年に三船敏郎、森雅之、京マチ子、志村喬などの出演により制作・公開されたこの作品は、日本国内での評価はいまいちでしたが、翌年のヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞やアカデミー賞の名誉賞(外国語映画賞)などを受賞するなど、国際的に圧倒的な評価を得て「世界のクロサワ」への第一歩としての作品ともなりました。 そして早坂の音楽。 上にも書いたとおり、黒澤はここでもいろいろな注文を早坂に出したようですが、最も重要な場面である真砂(京マチ子)の証言の場面で、彼は「ボレロ風の音楽を」と言ったようです。 このボレロはラヴェルの<ボレロ>のことです。 証言しながら煩悶が高まっていく真砂の様子を強調する、あるいは象徴する演出効果の一部としての音楽は「ボレロ風」であるべき、と黒澤は考えたのでしょうか。 恐らくそういった意向を受けての早坂による「ボレロ風」の音楽。 場面の時間にして約10分。 ラヴェルが繰り返しの中で描いた熱狂とは異なり、怨みや悲しみや憤りといったドロドロとした表情すら浮き上がってきそうなぐらいの情念のボレロだと思えてきます。 普通のオーケストラよりも制約のある楽器編成で書かれているようですが、明るく華麗な響きを求めない曲調的にはそれで十分だったのかも知れません。 日本的な、アジア的な湿度の高いボレロ。 僕は好きですねえ。 DVDを観ていると、当時の録音状態の貧しさも手伝って、どうしても京マチ子をはじめとする役者陣の演技の方がより強く印象に残る場面かも知れませんが、ぜひ音楽にも注意を払ってください。 もちろん、その場面以外にも冒頭や最後に現われる雅楽風の響きや、真砂の妖しい美しさを表すような音楽など全編を通じて聴きどころも多い映画だと思います。 ということで<羅生門>の音楽を聴くとすれば映画のDVDをまずは挙げるべきなのでしょうが、この音楽の充実ぶりから管弦楽のための組曲風に扱ったCDも出ています。 僕が最初に買ったのは佐藤勝(彼は早坂の弟子でもありました)が指揮したCD(<七人の侍>の音楽との組合せ)でしたが、これは今は廃盤のようです。 そして僕の愛聴盤は、原作者・芥川龍之介の三男でもある 芥川也寸志の指揮、新交響楽団の演奏による早坂文雄の作品集(フォンテック)。 ライブ録音であることやもともとのオケのレヴェル(アマチュアとしてはハイレヴェルなのですが)といった弱点はあるにせよ、情念の高まりを感じさせてくれる演奏だと僕は思っています。 更にこのCDには<羅生門>の他にも<管弦楽のための変容>という大傑作も含まれています。 また現行盤は山田一雄の指揮で早坂の遺作となった交響組曲<ユーカラ>と組み合わせた2枚組のセットになっているようです。

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黒澤明はすごすぎる 『羅生門』

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「羅生門でびっくりしたのは、宮川君のキャメラでしたね。 百点だね、って答えたね」 「台本を読んで、今までの日本映画にはないシリアスな話なので、グレイ調子をなるべく抑えて、ハイコントラストで撮ったような白と黒、ハーフトーン部分をなるべく少なくした1つのグレイの3色で映像を組み立てたいと話すと、黒澤は賛成してくれた。 公開当初は、難解な作品ということもあり、評価、興行収入ともに不評であり、 大映の永田社長は試写の席で、「こんな映画、訳わからん」と席を立ち、総務部長を北海道に左遷、企画の本木を解雇している。 スポンサーリンク そんな中、ヴェネツィア国際映画祭の依頼で、日本映画の出品作を探していた イタリフィルム社のジュリアーナ・ストラミジョリという女性が「羅生門」を見て感激し、出品作として大映に申し出たが、大映側がこれに反対。 ストラミジョリは自費で英語字幕を付け、映画祭に送ったところ、なんとグランプリの金獅子賞を獲得。 世界中に黒澤に名が知られるきっかけとなった。 これを受けて大映の永田社長は、手のひらを返したように「羅生門」を大絶賛し始め、自分の手柄のように語ったといわれている。 黒澤は作品が出品されていることもしらず、「羅生門」そのあとの「白痴」ともに不評で腐っていた時期。 その頃黒澤は釣りに没頭しており、とある日多摩川での釣り中に奥さんが駆けつけてきて、ヴェネツィア国際映画祭グランプリ受賞の報を始めて聞いたというエピソードがある。 当時日本のジャーナリズムは、 アメリカのアカデミー賞は知っていたが、ヴェネツィア国際映画祭を知らなかった。 日本映画がヨーロッパで評価されるなどとは考ええもいなかった時代である。 このグランプリ受賞が世界中にどんな波紋、影響を及ばしたのか? 日本の映画界も序々にその威力を実感してくことになる。 いままでは「いい作品は作るが手が掛かるうるさい監督」という評価を下していた配給側も、 世界の権威ある映画祭でグランプリを撮った監督として頭1つ抜きん出た黒澤に対しては、各映画会社は手のひらを返していくしかなかった。 『羅生門』はまさに完璧だった。 ひとつの事件を巡り4人の人間が異なった事実を証言するという構成。 すでに死んだ当事者の証言のために巫女まで呼んで訊きだすという強引かつ大胆な映画的魅惑にあふれた構想力。 キャメラ、役者、美術の力強いダイナミズム。 人の心の懐にゆっくりと分け入っていくようなボレロのリズム。 人間の持つ欺瞞をこれでもかと描き切りながらも、急転直下、人間への信頼への回復で幕を下ろす鮮やかさ。 これは暴行殺人という人間の醜悪な行為を描きながら、むしろ人間の生命力のたくましさを感じさせる点と相まって作品にポジティブな感動を与える。 そこには世界に通じる才能の確かさが十二分に感じられた。 しかし、クロサワが世界の巨匠となり得たのはそれだけではない。 それは映画史の意志だったのだ。 巨匠への登竜門となったヴェネツィア映画祭で『羅生門』がグランプリを得たのが1951年。 いみじくもこの時代は国際映画祭が映画芸術の表舞台として注目を浴びつつあった「映画祭の時代」の幕上げだった。 この時期、芸術的にも商業的にも衰えを見せつつあり、60年代には斜陽時代を迎えるアメリカ映画に対抗して、映画祭はいくつかの巨匠を発見し、彼らに映画芸術の発展を託す時代を迎えていた。 イタリアのロッセリーニ、ヴィスコンティ、フェリーニ、アントニオーニ、スウェーデンのベイルマン、そして未知なる映画大国日本の巨匠として黒澤明は迎え入れられたのだ。 この50年代から60年代に時期は一部の巨人が世界映画をリードした時代だった。 彼らにフランスのジャン・リュック・ゴダールらヌーヴェル・ヴァーグやアメリカのニューヨーク派の監督たちをくわえた映画作家たちが、現代映画を確立した。 以降のあらゆる映画はこの時代の映画のヴァリエーションなのである。 黒澤明以降、日本映画に巨匠はいなくなったと嘆くのは当たらない。 それは一部の映画開発途上国を除いて全世界共通の現象なのだから。 ちなみに、黒澤が『アメリカの影』を観てニューヨーク派のジョン・カサヴェテスに注目したというエピソードは彼の映画眼の鋭さを証明している。 現在カサヴェテスが遺した映画言語は30年近くを経て、今もって最も生生しいリアリズムを表現して、定着しつつあるのだから。 ところで前出の巨匠たちの中に黒澤明の名前を並べてみると違和感を感じざるを得ない。 何故と考えれば、ひとつ答えは彼の映画は他の巨匠たちとはくらべものにならないくらいアメリカ映画的だという点だ。 このことは、誰よりも彼の開発した映画言語が、アメリカ映画で使用されているという事実で既に照明されている。 「アメリカ映画的」とはいかなることか。 それは作られる映画全てをジャンルという娯楽映画の型にはめ込んでしまうシステムであり、それに内包されるテーマやメッセージが文化風俗の分け隔てなく誰にでも理解でき、議論することのできる公明性であり、映画といおう言語を物語を語る方便としてしか用いる術を知らない不自由性のことである。 なるほど『羅生門』の属するジャンルはアメリカ映画にはない。 しかし、その代わりにアメリカ映画にひとつのサブジャンルを付け加えたのだ。 もう一つ、黒澤と他の巨匠たちとを分けるのは、彼らにはすべからくネオレアリズモ、貴族階級と共産主義、大女とサーカス、愛の不毛、神と人間といったキャッチフレーズが思い浮かぶのに、黒澤にはそれがない。 先ほどのアメリカ映画の伝でいくと、他の巨匠たちは映画全てが自分自身というジャンル作品を作り続けていたのに対し、黒澤は様々なジャンル作品を、新たなサブジャンル作品を作り続けたことになる。 どちらが偉大であるかは即断できるものではない。 ただ一つ言えるのはそれこそが黒澤明の輪郭の曖昧な個性の乏しい映画作家にしたということである。

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第24回:早坂文雄/映画<羅生門>の音楽 : 若林真樹のクラシック講座♪

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監督の『』をみた。 さすが世界のクロサワと呼ばれるだけあって、作品が徹底的に作りこまれているのがわかり、情報量が凄まじかった。 全ては書ききれないが、私なりに『』を紹介してみる。 超有名作品なのでいまさらあらすじを紹介するのもナンセンスだが、簡単にまとめてみよう。 荒廃したの下で、男と僧侶が雨宿りをしている。 そこに、別な男が雨宿りに来る。 男は、雨宿りの男にせがまれて今日起きた事件を話し始める。 京都の山奥で、ある男とその妻と盗賊が出会い、盗賊は妻を手籠めにした。 男は盗賊に殺され、妻は逃げた。 ところが、事件後にの前で当事者たちが順番にストーリーを語るのだが、その内容は三者三様であった(ただし、男は死んでいるので、彼のストーリーは彼を憑依した巫女によって語られる)。 最後に目撃者の語りによって、事件の確からしいストーリーが明らかになるのだが、その内容は三者のストーリーと全く違っているのだった。 本作品のメッセージを私なりに解釈すると大きく二つある。 「人間の認知や記憶はあてにならない、そして自己正当化する」「それでも、人間は利他的な行動ができる」ということだ。 ひとつひとつ説明してみよう。 まず、「人間の認知や記憶はあてにならない、そして自己正当化する」について。 例えば、「女が逃げた」いきさつをそれぞれのストーリーで語ると、以下のようなものになる。 盗賊が言うには「女は泣きながら男2人に決闘を促し、激しく太刀を交えている間にいなくなった。 怖くて逃げだしたんだろう」。 女が言うには、「盗賊が去った後、夫は私を軽蔑した目で見ていた。 そして気を失ったら夫の胸に自分の短刀が突き刺さっていて、恐ろしくて逃げた」。 男が言うには、「妻が、(夫である)私を殺して逃げようと盗賊に言うと、盗賊はこの女を殺すか生かすか決めろと、私に詰め寄ってきた。 そこで妻は叫び声をあげて逃げ出した」。 目撃者が言うには、「女は高らかに笑って男二人に決闘を促し、男たちは転げまわりながら戦った。 いざ盗賊が勝って女に近づくと、女は逃げ出した」。 どうだろうか。 女の「本当の姿」は一体どうであったのか全くわからない、という のがおわかりいただけただろうか。 語る者によって、女はか弱いのか図太いのか、180度違うのだ。 つまり、女のキャラクターは語り手に都合のいいように変えられているのである。 これを抽象的に言えば、「人間の認知や記憶は自己正当化によってもたらされる」ということである(認知や記憶、としたのは、出来事が起こっている段階で見えいているものがちがっているのか、それとも記憶された後に書き換えが起こったのか定かではなかったためである。 もちろん、単純に嘘をついている可能性もある)。 人間は、物事を見たいようにしか見ないのである。 見たいように見ていることは、経験的にもよくわかる。 誰かと同じ映画をみても、後で話してみると自分とまったく違う感想をもっていたり、「あれ、そんな場面あったっけ?」となることはしばしばある。 実際、脳の機能が解明され、記憶は思っている以上に曖昧だということが明らかになっている(『』P118,119)。 さて、次に「それでも、人間は利他的な行動ができる」について。 本作は、目撃者の男と僧侶がとなって、の下で雨宿りに居合わせた男に、の前で行われた数々の証言を語るという形で展開していく。 最後に目撃者の男がみた事件のストーリーが語られて(実は目撃者の男は、の前では「死体の第一発見者」として証言しており、事件を目撃したことは話していなかった。 ところが、雨宿りの男に目撃していたことを見抜かれてストーリーを語り始める。 )、事件の確からしいストーリーが明らかになるのだが、それによって、目撃者の男が女の短刀を盗んだことがばれてしまう(だからに事件を目撃したことを告げなかったのだろう)。 呆然とする目撃者の男。 捨てられていた赤ん坊がくるまれていた着物をはぎ取って、雨の中去っていく雨宿りの男。 赤ん坊を抱いている僧のところに近づく目撃者の男。 「赤ん坊自身の着物まで盗む気か!」とどなる僧。 目撃者の男は、自分には6人の子供がいて、6人育てるも7人育てるも同じ苦労だ、と語って、赤ん坊を引き取ることを申し出る。 僧侶は恥じ入り、「おぬしのおかげで人を信じていくことができそうだ。 」と言い、目撃者の男は赤ん坊を引き取ってを去っていく。 このラストシーンが、「それでも、人間は利他的な行動ができる」というメッセージそのもであった。 目撃者の男は盗みを働く利己的な面もあるけれども、その一方で、他人の子供を育てるという利他的な決断もできるのだ。 降り続いていた雨は止み、二人は晴れやかな表情で別れている。 人間は自己を超えていくことができるのだ。 メッセージのまとめは以上である。 それにしても、黒澤監督は本当にすごい。 世界中で通用する普遍的とも言えるメッセージに、当時画期的だった撮法に、徹底的に作品の世界を作りこむ姿勢。 その圧倒的な情熱と情報量によって、作られて60年以上経っても、黒澤作品は未だに観る者を魅了する。

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