空気人形 ネタバレ。 空気人形はダッチワイフ目線の物語!感想とネタバレ

空気人形

空気人形 ネタバレ

この記事は最終更新日から1年以上が経過しています。 この記事は約8分で読めます。 2009年に公開された是枝裕和監督作 ラブドール、ダッチワイフが心を持ってしまうR-15指定作品 「人の形をした人でないもの」に心が宿り、そこから話が広がっていく物語。 全年齢向けには『ピノッキオ』や『鉄腕アトム』、「それ」に恋慕するというところでは「ピグマリオン」、自由に動けるオモチャのお話も類例とするなら、『トイ・ストーリー』や(毎回こっそり帰ってくる)『ぼくブルン』など。 「人の代わり」や「人形」に軸足を置いたパターンはちょっぴり物悲しい終わり方をするパターンが多いように思うけど、そこは今作も例に漏れずといったところ。 原作は、『ゴーダ哲学堂 空気人形』(業田良家著 小学館刊)。 脚本、監督は是枝裕和。 出演は、ペ・ドゥナ、ARATA(現:井浦新)、板尾創路他。 ロケ地はどうやら、東京の月島らしい。 板尾創路演じる中年男(秀雄)が、自らの性欲を満たすために購入し、ともに家族ごっこをしていた「型遅れの安物」であるラブドール「のぞみ」(演:ぺ・ドゥナ)に、ある日突然心が芽生え、心と自由に動く体を得た空気人形は家を抜け出す。 周囲を取り巻く社会に触れながら、とあるレンタルビデオショップに辿り着き、そこの店員である青年、純一(演:ARATA)と恋に落ちる。 夜はご主人である秀雄の部屋に帰り、不本意な性欲処理、恋人ごっこに付き合い、昼は人間のふりをしてビデオショップで働くようになる。 ビデオショップにやってくる近隣住民、純一とともに出歩く先で出会う地元の人たちっぽい描写も挟みながら、やがて無邪気さゆえの悲劇、危うさにたどり着いて、元の空気人形、燃えるゴミへと帰っていく……。 あらすじというにはエピソードのピックアップやまとめ方が今ひとつだろうけど、ざっくりいえば、そういうお話。 「程よさ」が生々しくてエロい がっかりもしないし、是枝氏ならではのフェチも盛り込まれている エロさを求めて見るタイプの映画でもないし、エロいから良い悪いという話もされたくないファンもいらっしゃるかもしれないが、ラブドール(=空気嫁)が主役になるお話なら、「エロ」の全回避はかえって不自然。 もっとも、そこはR-15なのでど直球なエロ、キツいエロはそんなにない。 エロさという点では、キャスティングがやっぱり秀逸。 「のぞみ」のぺ・ドゥナは、スレンダーでもグラマーでもなく十分な肉感。 物語の後半、製造現場にも赴くが、そこにはもっと男の欲望を詰め込んだようなボンキュッボンなタイプや、金髪のチャンネー、激烈に可愛いタイプやらロリロリしてるのもありそうだったけど、「型遅れの安物」だと「こんなもんかな」と思える部分に着地している。 そして、ここで日本人じゃなくて韓国人女優を持ってくるところが、程よいファンタジーさを足しているというか、物語を通じて言葉や社会を学んでいくだけの「差」をナチュラルに持ち込んでいる。 これが実にいい。 金髪ボインでもなく、壇蜜っぽい人を持ってくるでもなく、でもバックショットの尻や胸にはフッと引き込まれそうになる具合が、作品やキャラクターに非常にマッチしてる。 板尾創路も良い味出してるんだけど、やっぱりARATA。 最近だとミドルのおじさんっぽい感じになってるけど、この時は「どこにでもいそうな青年」で、その上で演技や色気がまぁ、ちょうど良い。 もっとイケメンとか、少年っぽさがある俳優を連れて来ても良かったんだろうけど、今でいう松坂桃李的な人を入れてしまうと、この作品の空気感、バランスは着実に崩れる。 脇を固めるキャストも、程よく「そこらへんにいそうな人」たちで、美男美女すぎることもない。 芝居が極端に引っかかるレベルの人もおらず、「ありそうな日常」を作り出しているのが非常に良い。 もちろん映画だから「作りもん」、フィクションなんだけど、そこの段差を大きくしすぎず、でも程よくオシャレ、ちょっと小綺麗なラインで現実からは少し浮いてる感じを総合的に演出できていて、この画面作り、キャスティングは簡単に真似できるレベルではないと思う。 肝心の絡みのシーンも、露骨なシチュエーションはあっても、露骨な撮り方はしてない。 とはいえ、15歳以上なら察するのは容易なレベル。 とはいえ、そういう用途に使えるかというと微妙だろう。 むしろ、是枝監督流のエロス、フェチはARATAが空気を吹き込むシーン。 中盤と終盤にそれぞれあるんだけど、ここの方が官能的。 アーティスティックでもあるし、単純にエロさを感じるところでもあるし、そこらへんの変態さ加減を確かめたいなら、ぜひ映像でご覧いただきたい。 「代用品」問題と「低層っぽい」キャラクターたち 「綾波レイ」的な「のぞみ」と、代わりはいくらでもいそうな周辺人物 心を持った空気人形、「のぞみ」自体はいわゆる「付喪神」みたいなもので、日本人にはそれほど訝しがるテーマでもないでしょう。 手で触れる人形、フィギュアを可愛がるというのもよくある話。 一方で愛欲の対象にもなる、都合のいい代用品としての人形、「代わりはいくらでもいる」タイプのフィクション、キャラクターというのも、日本では珍しくもなんともない。 「代わりはいくらでもいる」、「自分は代用品」と自覚しながらも、自我を持っている、主人に逆らう心を持っているという点では、徐々に人間らしさを獲得していく「綾波レイ」的な部分も「のぞみ」は担っている。 一方で、周囲を取り巻く登場人物も「代わりはいくらでも」いそうなタイプ。 決して高くはないアパートに住む秀雄、ビデオショップの店員、純一。 店長もそこらへんにいそうな人物だし、近所に住む父子家庭っぽい親子も、決して収入のいい仕事や生活を送っているようには思えない。 ビデオショップにやってくる客、交番のお巡りや変なおばあちゃん、「のぞみ」に「自分は空っぽ」と教える元国語教師のおじいさんも、恵まれた日々を送っていたとはとても思えない。 どちらかというと負け組っぽい人たち、コストカットの波に煽られればすぐに職や生活を失いそうな面々。 豊かとは言えなさそうな見せ方に、どこか「上から目線」で、多少安全な位置から箱庭を眺めるような気分で鑑賞してしまっている自分がいつつも、その自分も「何かの代用品」や「空っぽ」でないとは言い切れないところもある。 自分の中に詰まっているのは空気なのか。 それとも、誰かに吹き込まれた息なのか。 はたまた本当に中身が入っているのか。 自分自身を生きているのか、ただ生かされているだけの中身が無い奴なんじゃないのか。 なんとなく、そういうメッセージも込められているような気もするけど、きっと何のメッセージも込めずに作ってくれたんだろうなぁ、とも思う。 是枝監督は、これぐらいのさじ加減が向いているのでは? 演出に集中して、フェチも盛り込んで、何も成し遂げない話の方が良さそう そんなに沢山、是枝作品を見た訳じゃないけど、どうもこの人も原作ありの作品、自分で「おはなし」を考えないタイプの作品の方が、いい映画になるような気がする。 自分も割とやりがちだし、向こうは商業的に成功している人だから同じ立場でものは言えないんだけど、メッセージ性や成し遂げて欲しいことを盛り込み過ぎちゃうと、演出的な余力、見せ方や味わい方に力を割くのが、どうしても難しくなってくる。 かといって、自分がやりたいことを好き放題にやってしまうと、それはそれで「同じ感性の人」にしか受けないし、そのボリュームゾーンは濃度を上げれば上げるほど小さくなっていくから、作家性むき出し、メッセージ性むき出しのものが出来上がったとしても、商業的にはまずハネない。 でも、『空気人形』はその辺りが上手く噛み合ってたんじゃないかな。 子役に何か成し遂げさせようとするでもなく、メッセージ性を盛り込み過ぎようとするのでもなく。 その一方で、R-15をつけながらも自分の変態さを少し露出してみて、着眼点の変態さと演出面での変態さをしっかり出せていて。 抑制を効かせながら、分かる人には分かるライン、刺さる人には刺さるラインにしっかり持って行ってる。 メジャーになるとやりにくい部分を、今作では結構やり遂げたのかなと感じる。 是枝監督も、原作ありで見せ方や画面作り、演出や仕上がりに集中できるタイプの作風の方が、不本意かもしれないけど向いてるんじゃないかな……。 『空気人形』という作品は、劇中で何かをやろうとしたタイプの作品でもないし、劇的な何かが起こるタイプの作品でもないし、強烈なメッセージ性があるような作品でもない。 まるっきりメッセージがないように見えて、どこかに少し盛り込まれていそうな気もするけど、そこら辺は見る人次第、なんでしょう。 作品自体も、「のぞみ」とはそこまで直接関わらない過食症の女性、星野真里が「綺麗」とつぶやいて終わる。 そこに一縷の希望、次へ繋がる明るい展開があるのかなと匂わせつつ、結局何も進展させてない、解決させてない雰囲気もあって、鼻息荒く「映画を見たい」という人にはお勧めできない感じの作品なんじゃないかな。 でも、これがいい。 ここで星野真里を絡ませるところが、なんかすごくいい。 逆に言えば、いい映画、いい物語ってこういう感じのパターンなんだろうね。 重くない感じ、何かも果たしていない感じ、時間や空気だけそこにあって、解釈したければどうぞ、ぐらいの。 これが自分が原作だとそうそう簡単じゃないというか、一人だと変にやり過ぎて失敗するところよね。 代用品の幅も種類も質も変わってきた、今日この頃 2009年にはフィクションだった「おはなし」も、近々リアルになりそうだ 年増の受付嬢や、近所のお年寄りの話を聞くだけの巡査、レンタルビデオの店員だったりオーナーだったり。 肉感の欲しいラブドール、性欲処理の部分も、着実に置き換えやすくなってきているし、代用品、代替手段がかなり豊富、お手頃なものになってきている。 「AIに仕事を奪われる」ってことでもないけれど、機械学習で「自分の代わり」を作ることはできるだろうし、「もっと安く」とか「面倒くさくない手段がいい」となると、生身の人間じゃなくてもいい、ってことにはなってくる。 顔を突き合わせなくてもいいのなら、すでに雇用や働き方は自由化が進んでいる。 「バ美肉」と言われるVチューバーやVR、各種ガジェット等も用いてしまえば、デジタルやアナログを問わない人形愛というか、存在しない人と本物っぽい愛欲のやりとり、性欲の処理だって可能だろう。 いわゆるパッケージ詐欺も、詐欺じゃなくなる可能性もあるし、生まれた時の性別だって、そのうち問われなくなる。 「代わりはいる」し、「中身のない人間」も量産できるし、「空気しか詰まってなさそう」な人がそこら中にいる社会も、案外近くにある気もするし。 本当に生きていると言えるのか、心を持っていると言えるのか、ビジネスのみならず、プライベートでも代わりがきかない人、大切な関係を結べているかどうか。 そういうところを、今後より一層見ていかなきゃいけないんだろうなぁ、とか。 『ブレードランナー』的な要素も出てくるだろうし、『鋼鉄都市』的な要素もあるだろうし、『ソラリス』的なのも一部現実にはなってくるんだろうけど、そういう諸々も含めた上での『空気人形』、アンドロイドやロボット、人工知能との共有や共存、交流みたいなのも、考えてしまった。 とりあえず、「反知性」や「知らなかった」は取り返しのつかないことになる可能性もあるので、そこだけは本当に気をつけたい。

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今日から公開の を鑑賞。 古びたアパートに住む秀雄(板尾)と"同居"する空気人形(ペ・ドゥナ)は、ある日ゆっくりと立ち上がり、心を持つ。 秀雄が人形の為に買い揃えた服からメイド服を選び外に出る人形。 そこには様々な人が生きていたが、どれも空虚な人生に見えた。 そして立ち寄ったビデオ店で目が合った店員の純一(ARATA)に惹かれるように、その店でバイトを始める人形。 代用品でしかなかった人形の心に、いつしか愛情が満たされつつあったが・・・・ 人形、あるいはロボットという無機質な物が心を持つという話は映画に限らずに過去に幾つかあったが、今回の人形は、ハッキリ言ってダッチワイフです。 それも空気で膨らます安っぽいやつ。 そんな人形が心を持ち、人間世界に入っていく事で様々な人と接し、甘酸っぱい恋なんかもしちゃって・・・・という話だと思うでしょ? とんでもないです。 何と苦しくて切なくて空しいんでしょう。 「私は空気人形。 空っぽな誰かの代用品」「私は性欲処理の代用品」。 "彼女"はそう言う。 しかし、劇中に登場する色々な人は、誰もが人形以上に空っぽなのばかりだ。 元カノの名前をつけて自分を性の捌け口にする男。 現実に起きた事件と自分の妄想が生んだ虚構とを行き来する老女。 過食を繰り返して引きこもるOL。 老いを恐れ、何かに追われるように生きるお局女性。 病み、先が短い人生を虚しく生きる爺さん。 フィギュアに愛情を注ぐ浪人生・・・etc 本当の自分を受け入れず、何かに逃避する人間と対照的に、人形は「代用品」である事を受け入れて「代用品」として生きていく。 体は空気人形でも、心を持ったなら、誰かに満たされたいし満たしてあげたい。 そう思う人形が徐々に明るく満たされて行く・・・・・って、そんなにいいもんじゃありません。 心を持って人と接すると、辛い事や切ない事もたくさん目にし、体験する事になります。 優しかった純一の部屋で見つけた元カノとの写真。 やっぱり自分は代用品なの? そして彼女が取った行動は・・・・・?(ここはネタバレ自粛) もうね、何て言うか「あなたはどうなの?」「空っぽじゃない?」って突き詰められているようで、苦しいよ。 そして、せっかく心を持って満たされた日常を送ろうとしているのに、行き着く先は虚しい現実ばかりの人形。 切ないです。 見終わって、時間が経つごとに切なく辛く厳しい感覚がジワジワと体の内面から滲み出てくるという非常にエグい映画です。 この映画、見る人によっては不快感を持ったり受け入れられない人もいるかと思うのよ。 是枝監督の作風とも言えると思いますが、割と淡々と厳しい現実を見せ付ける事もあり、好みが分かれる1本だと言えます。 ビデオ店でうっかりと金具に引っ掛けて空気が漏れ出す人形、それを見つける純一。 萎んでいく人形。 「見ないで」と彼女は言う。 空気を入れる口を捜す純一に服を捲られて「恥ずかしい」と言う彼女。 息を吹き込む純一。 また膨らんでいく彼女。 何と官能的な"ラブシーン"なんでしょう。 ゴミ置き場に横たわる彼女。 いつか純一と行ったレストランにまた彼女は居る。 店の客(劇中に出てきた空っぽな人々)が皆で彼女の誕生日を祝う。 泣いた事など無い彼女の目からは涙が溢れ出し、ケーキのロウソクの火を吹き消す。 そんな夢を見ながらゴミ置き場に横たわる彼女。 うわぁぁぁぁん!何て切ないんだ! (このシーンでかなり涙腺崩壊) とにかく、見る人によって評価が大きく分かれそうな1本。 大いに琴線に触れ、非常に興味深く見てしまった自分は空っぽで病んでいる人間だからかもしれません。 (マジでそう思います。 満たし・満たされた健全な人にとっては不快なのかも) さて、キャストの方に目を向けてみましょう。 まず、ペ・ドゥナ。 と言うか、この映画はペ・ドゥナによるペ・ドゥナの為の作品と言っても過言ではありません。 それくらいペ・ドゥナの存在感が際立っているのです。 マネキン並みのスタイルと、小さな顔にクリクリの瞳は、どことなく「人形」っぽいし、片言の日本語もむしろ人形っぽい。 小さな歩幅でちょこちょこ歩く姿は愛らしいが、性欲処理の為に代用品として抱かれている時の虚ろな表情はとにかく切ない。 そんなペ・ドゥナは、劇中では、コスプレ(メイド服)か、超ミニスカか全裸の3種類の外見で魅せます。 まあペ・ドゥナが脱いでるのは今に始まった事では無いのですが、何かこう生々しさは無いんですよ。 生々しさで言えば、むしろ前述の空気が抜けるシーンの方がエロいくらい。 正直言って、この役をこなせる女優が日本に居るのかと言われても思いつかないくらいペ・ドゥナが見事にはまってるんですよ。 もっとも、日本の女優がやったら、脱ぎシーンだけで話題が先行しちゃうかもっていうくらい脱ぎまくっているので、ペ・ドゥナが演じる事で、そういった変な話題先行にならずに済んでるような気もします。 最近は「リンダリンダリンダ」では女子高生、「グエムル」では変なソバージュにジャージ姿と、あまり「普通の女の子の役」が無いような気がしますが、空気人形は、間違いなく彼女の代表作の1本に成り得るでしょう。 気がつけば、来月には30歳を迎えるペ・ドゥナ。 非常に役柄の幅も広がっており、これから先も大変楽しみです。 そしてARATA。 最近でも「実録・連合赤軍」「蛇にピアス」「20世紀少年」と彼が出ている作品は色々見てますが、どの作品も同じ人とは思えないんですよ。 それは単に外見が違うという事もありますが、役柄の内面もだいぶ違うので、非常に新鮮です。 最後に、この映画は本日豊洲で見たんですよ。 映画の舞台も地理的にも比較的近く、雰囲気も似ている中央区湊界隈のベイエリアで不思議な気持ちになりました。 近代的な高層ビル&素敵な湾岸風景に不釣合いの古ぼけた昭和の町並みというロケーションも味わい深かったです。 見終わった直後は「4点かな」と思ってましたが、今はハッキリと5つ星を付けてしまいます。 何か自分も、ビー玉がカラコロ言ってるだけの空っぽなラムネ瓶(劇中で人形が大事に持ってるのが印象的)のような人間の証拠なのかなぁ・・・・・ よろしければポチっと投票お願いします。 私も今日この映画をようやく観ることが出来ました。 この映画を知ったのは、別の映画の試写会の時にもらったちらしでした。 「リンダリンダリンダ」のぺ・ドゥナのメイド姿。 可愛らしくてふわふわした印象を受けて、あらすじを読んで、きっと可愛らしい映画なんだろうって思っていたのです。 しかし、映画のレビューなどを観てみると、イメージしていたものとは全然違っていました。 私は女なので、性描写には目を背けてしまいたくなるシーンも多かったです。 だけど、そのシーンがあるからこそ、こんなにも観終わった後でじわじわと余韻が残る映画になったのだとも思うのです。 何も知らない人形の純粋な心は、時に悲しく切ないものでもあるのですね。 久しぶりにこんなに余韻の残る映画を観た気がします。 長文失礼しました。 114• 140• 139• 127• 135• 133• 132• 140• 134• 134• 141• 168•

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映画『空気人形』ネタバレあらすじ結末|映画ウォッチ

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ネタバレ! クリックして本文を読む かなり前に一度観て、良かった記憶がありこの度再視聴。 空気人形と言い換えてあるも、主人公はいわゆるラブ・ドール。 そんなラブ・ドールののぞみが「心」を持って…というほんのりファンタジー。 (好きな作品なんだけど主人公が主人公だけに若干人に薦めづらいのよね…。 ) 個人的良かったポイント ・まずもって主演のペ・ドゥナがめちゃくちゃ魅力的。 この作品、画面の切り取り方や、小道具、衣装も可愛くてそれだけでキュンキュンくるんだけど、やっぱり主演のペドゥナちゃんが本当に人形みたいでものすごく可愛いのだ。 あんなに細くて本当に人形みたいな人いる!? ヌードも披露してるけど、この作品においてはいやらしさより無機質さと美しさが勝るのすごいよな。 そしてヌードシーンよりも官能的なのがジュンイチから空気を吹き込まれるシーンなのだ。 ・時代や人の心の空虚さと空気人形を重ね合わせるのはうまいなあと思う。 ・この作品、びっくりするくらいセリフが少なくて、全編通してゆったりとした静かな雰囲気。 その分登場人物たちの動きや表情に語らせているのがすごいなあと思う。 ・改めて観たら出演俳優陣かなり豪華。 柄本佑さんや星野真里さんのあんな使い方。 人形職人役でオダジョーが出てきたときは嬉しかった。 優しい眼差し、素敵だったなあ。 あとジュンイチにのぞみが空気を吹き込むシーンは切なくもあり、軽くホラーでもあった。 切ないはずなのに戦慄。 ネタバレ! クリックして本文を読む 11年前の作品。 原作は未読。 なので改めてDVDを鑑賞してのレビューを試みる。 実は、今作は1回も映画館でスクリーンを鑑賞していないのである。 当時はCMで、主演のペ・ドゥナが小部屋内の天井に吊された太陽系惑星達の模型らしきもの(ビニール風船)と戯れるカットが印象的だった位のみに記憶していた。 その後、DVDで始めて観たきっかけが思い出せないのである。 そして1位にした理由も忘れてしまった。 粗筋までは忘れてはいないが、どんな詳細な感想を抱いたのかさえ朧気である。 唯々、映像が透き通っていて、もの悲しい、そして唐突な展開の驚きのみが心に沈殿していた。 原作は未読ながら漫画家業田良家自体は『自虐の詩』の作者としては存じ上げていた。 大変哲学的な内容であり、人間の本質を鋭く抉る画風は、是枝監督も食指が動いたのであろう。 なのでストーリー展開としてはそれ程難しくはない。 勿論、細かい設定描写の穴は露呈しているし、その穴を埋める想像力、又はスルー力を持ち併せないと本作を愛する事は不可能であろう。 赤子のように自我が芽生える順序は飛んでしまっているし、始めからある程度の知恵が混入されているのは、そもそも人形だったときからの持主由来の知識を蓄えていた所から、生命そのものを封入されたのではなく、能動的に身体を動かす事により、その意味を探求していくという方向が正しいのかと思う。 そして作中に映っているそれは空気を必要としないシリコン製の精巧な人形。 進化を自ら封印してしまった男のよすがは物言わぬ人間の形を成したビニールのみ。 そのうら悲しさと不気味さは抑えても滴り落ちる艶な演技で負の本能を表現している。 ビニールが軋む音は何とも言えない堕落さを醸し出している演出だ。 そして、雨粒から心を封入された人形を演じる裵斗娜(ペ・ドゥナ)の裸体の美しさは誰もが魅了されるだろう。 パフィーニップル気味の乳房だけでも、ロリータを彷彿させる幼さを表現せしめている。 人形としての残骸である、繋ぎ目の線や手が冷たい事、そして呆け気味の言動も、いかにも人形やロボットに心が宿ったらこうなるだろうと想像し易い演出であり演技をしっかりこなしている。 そしてここからは、「私は心を持ってしまいました 持ってはいけない心を持ってしまいました」と何とも悲しいモノローグが挿し込まれる、人間との世知辛い現実に塗れる。 そして夜は気の乗らない持ち主とのお夜伽。 そんな辛い経験を積みながらも、それを忘れるかのように、綺麗なもの、輝くものを探しに当てもなく彷徨う覚束なさもしっかりと観ている者に届く。 作品は、薄いが群像的構成にもなっており、身寄りのない男女の老人、メイド美少女マニア、受付嬢の年増OL、過食症の女、そして訳ありの父娘のそれぞれの現状を淡々と差込まれる。 メインのレンタルビデオ店員との恋愛の危なっかしさも相俟って、それぞれの繋がりが重層的にサスペンスフルに昇っていく。 その演出のアイデアは、勿論原作由来とはいえ秀逸だ。 彼の息で体中が満たされる具体的愛情表現を見せられたことでこれ以上ない多幸感のクライマックスを、あの部屋の中の星の風船との戯れのカットで浴びるのである。 尚且つ、正体がバレても余り動じない彼の何気ないが意味深の言葉『僕も同じようなものだ』が、この先の重要なキーワードとして楔を打つことをどれだけの観客は気付けるだろうか。 ここから潮目が変わる。 ストーリー構成としてこれ程の『禍福は糾える縄の如し』を演出した緻密さは素晴らしい。 警官による自転車のタイヤへの空気入れ、お爺さんの言葉『蜉蝣は卵だけが詰まっていて、その他は空っぽ、胃もない』は、影が差してくる展開を素直に表現している。 勤め先の店長からの恐喝まがいの強制性交、彼の元カノのお古のヘルメット、持ち主が新しく購入したラブドール。 意を決して持ち主との対面で、自分の存在価値を確かめても、そこには愛情は無く単なる性欲処理としての立場を突きつけられる悲しい事実。 これでもかと人形に不幸が降り注ぐシーンの連続に居たたまれなさが加速してゆく。 次の行動は少々説明不足が否めないが、自分を作った創造主 神であり親 である人形制作者に逢いに行き、救いを求めるのは、人間の信仰心を表現したものだろうか。 『君が見た世界は悲しいものだけだった?美しい綺麗なものも少しはあったかな?』の台詞は人形を今一度気付かせ、思い出させてくれる。 そして愛する彼の元へ向かう原動力を、空気のように注入される。 だが、彼との性愛は齟齬が存在していたという又一段落ちる悲恋の演出。 しかし彼の息で満たされる喜びには勝てない人形は、その生死を彷徨う危険なゲームに身を委ねてしまう。 それは愛する彼への無償の奉仕。 そのお互いの意識のズレが、前半のフリの回収を、この奇妙でエロティックな濡れ場?の後に仕込んでいるのである。 人形は全てを理解していない。 愛する男の言葉をストレートに信じた挙げ句、男の腹を割いて自分も愛されたように愛したいという衝動を実行に移すのだ。 ストーリー展開としての白眉はここに極まる。 この切なさがスクリーン一杯に溢れ出て、悲しみが支配する中で、身寄りのない件の老人二人が邂逅し、そして最後迄物語と交錯しなかった過食症の女が、ラストに人形を眼下に、本心からの「綺麗」という言葉を吐く。 今作品は、声高に何かを訴えることはない。 醒めた目で淡々と俯瞰したカメラの目が、それぞれの登場人物を追う。 劇中で参照されていた吉野弘著『生命は』の一節は、今作のテーマをしっかりと提示している。 それは「生命は自分自身だけでは完結できないようにつくられているらしい」の節に現れている。 私もあなたも誰かのための虻だったし、風だったかもしれない。 それは今の時代に於ける格差社会、分断社会を痛烈に非難し、その処方箋を提示しているようにも思えるのだ。 繋がりの具体的な線は意識しなくてもよい、繋がりそのものの本質が意識出来ていれば、人間は救い合える。 人形の目を通したこの社会を見事に描いた今作の印象深さを改めて堪能できた事に感謝したい。 命があることとないこと、心があることとないことのデメリットとメリット。 空っぽの人間は愚かで、満たされる人形は何ともうらやましい。 ただ心を持った人形の心が空っぽになったとき、これ程残酷なことはない。 自ら選択してゴミになったとき、命ある空っぽな人間たちの心が少しだけ、ほんの少しだけ満たされる。 人間は選択してゴミになることは出来ないのだから、なんとかして生きていかなくてはならない。 ペドゥナがはまり役すぎる。 顔、スタイル、喋り方、全てにおいて完璧。 キャスティングにセンスあり。 人形から人間になる時の描写や映像がすごい。 リアルに感じる。 空気を入れる時はなんとも妖艶で、彼が空気を入れたい、と思うのも分かる気がする。 ネタバレ! クリックして本文を読む 主役のペドゥナが本当にきれい。 細くて、でも女性らしく柔らかそう。 私はペドゥナの身体を性的に見ることはできなかった。 きれいすぎて、そうやって汚してはいけないような気になる。 心を持ってしまったのぞみが秀雄のキスを拒むシーンがよかった。 自分が性欲処理の道具だとわかっていても、好きな人ができたらその人以外に触れられたくない気持ちが表情から伝わってくる。 それでも秀雄との夜中の散歩?を見られてしまった店長のセックスは拒めなくて、受け入れるしかなくて。 このシーンもペドゥナの表情がよかった。 なにもかもすべて達観してる顔。 冷めた表情と店長の盛り上がりの差が激しい。 純一とのベッドシーンは、純一がのぞみの空気を抜いたり入れたり、まるで殺しては生き返らせての繰り返しのような行為にのぞみの顔がほてるのがせつない。 そして心を持ってしまったときから変わらない純粋さで「今度は私が空気を入れてあげる」とセロハンテープまで用意してお腹に穴を開けてしまう。 純一は燃えるゴミで、自分は燃えないゴミだと教えられた通りにする無垢さがまた眩しかった。 映画を通してすごいと感じたのは、ペドゥナのまばたきの少なさ。 ゴミ捨て場に横たわるのぞみがまばたき1つしないのは本物の人形のようで生々しかった。 何回も見たいとは思わないけれど、でも見てよかったと思える作品でした。 ネタバレ! クリックして本文を読む 当時、プチ韓国映画ファンでペ・ドゥナファンだったのに、日本でもあっけなく脱いだ。 たしか『復讐者に憐れみを』でも脱いでるのですが、ヌードだけ記憶に残ってない。 なので、是枝監督や一緒に風呂に入ってた板尾創路をうらめしく・・・いや、うらやましく感じたのは言うまでもない。 やっぱり美しいドゥナちゃん。 しかも撮影がリー・ピンビンということもあってか、美しい映像のオンパレード。 ふぅーっと息を吹きかけるシーンだけでメロメロになってしまいます。 シネマサーカスという小さなレンタルビデオ店でバイトすることになってしまった空気人形のぞみ。 店員の純一(ARATA)に恋をしてしまい、見知らぬ映画についても徐々に知識を増やしていく姿がまた面白い。 『仁義なき戦い』推しの店長もいいし、ドンランド・ギメリヒ監督「西暦2万年」のポスターも笑える。 寺島進が汚職警官の映画を好きなところも、テオ・アンゲロプロス作品を探す客も興味深い。 そんな映画オタクぶりをも発揮した是枝監督。 純一が映画のクイズを出すところで、『ブラック・レイン』!と答えようとした瞬間、のぞみの空気が抜けるというショッキングなシーン。 その時のセロテープが最後まで貼ってあるのも微笑ましかった。 後半はどことなく群像劇的な描かれ方が施され、心を持ってしまった人形と世の中に失望している人間との対比が面白い。 そして空気入れを自ら捨ててしまい、ご主人が新しい人形を購入。 世の中には美しいものばかりじゃないんだ・・・と悲観したかどうかまではわからないものの、儚い命を自らの意思で生き抜こうとまで考えたのだと思う。 そして純一とのロマンス。 彼もまた空気の出し入れを楽しむ変態プレイがお好みだったのか・・・と、のぞみが彼のお腹からも空気が出るんじゃないかと子どもじみた考えで穴を開けてしまう。 美しいと感ずるのは人によって様々。 幸せを感ずる瞬間も人それぞれ。 オダギリジョーの役柄なんて、可哀そうな男たちに夢を与えてくれるラブドール作りの職業だ。 だけど、そこには不燃物として再利用不可といった暗い現実もあり、最後には星野真里の「きれい」と言わしめるゴミ捨て場ののぞみ。 カゲロウを美しいと思うかどうかも美意識の違いが存在していたし、歳をとることだって・・・ ダッチワイフ映画には『ラースと、その彼女』のように良作が多いのかもしれない。 ただ、この映画にもちょい役で出演している柄本佑も『フィギュアなあなた』で体当たり演技をしているが、こちらはエロすぎてダメだった。 開始後1時間10分くらい、つまらなかった。 そんなアッサリ受け入れる!?とか、体温問題どうなった??とか、突っ込みどころが多く観るのやめようかと思ったけど、ペ・ドゥナさんの美しさ・キュートさにだんだんひきこまれた。 のぞみ…いや人形が、風船と一緒に浮くシーン、良かったな。 ぼーっと観てたけど、鮫洲が下心を見せたところの人形の「性欲処理の、代用品。 」のセリフが、「ああ、そうだ。 どれだけ心を持ってそれを通わせても、彼女の中のその本質(?)は変わらないんだ」とゾクっときた。 オダギリジョーさんのセリフが伏線になっているのも良かった。 燃えるゴミ…… 登場人物たちが少しずつつながってたけど、星野真里さんだけはどこで誰とつながってるのか分からなくて…。 丸山智己さんが働く店に来る客ってだけなわけじゃない(はず)よね…….

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