慶應 ラグビー 部。 慶應ラグビー部で、1軍から6軍まで経験。どん底のとき、どこまで踏ん張れるか。

【2019年度】慶応義塾大学ラグビー部新入部員一覧&注目選手

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左から)谷悠里ディレクター、安村麻衣子 実は、安村は、杉田さんが負傷した2007年当時、慶大4年生で学生トレーナーとしてラグビー部に所属していた。 今回、後輩の杉田さんとともに富士登山を目指す当事者でもあり、杉田さんを取材対象にして番組を作ることは悩んだ末の決断だった。 安村:カメラを入れて撮っていいものなのか、私たち仲間だけでかみ締めて登る方がいいのか、半年以上考えました。 杉田くんも最初は「仲間との登山の時間を大事にしたい」と言っていたんですけど、雑誌等の取材を受けて、その反響も聞いて、多くの人に知ってもらうことに前向きになっていきました。 私としても、もしこの富士登山の話を世に送り出すのであれば、自分の手で送り出したいと思いました。 一方、谷ディレクターは、客観的な立場から杉田さんをめぐるラグビー部の物語をどのように番組にしていくかを考えたという。 谷:過去に起こった出来事の後追いの取材が多い普段の『アンビリバボー』とは違うパターンで、僕自身も先が見えていない部分で取材をしていたので、番組としては未知の領域を歩いているという感覚はありました。 ラグビー部の皆さんの誰がどういう話をしてくれるのか、まったく分からない状態でスタートしたんですけど、取材を進めるうちに1人ひとりにエピソードがあって、これは絶対に良い番組になると確信しました。 その場にいたすべての人が、生涯消えない痛みを負った悲劇。 取材にあたって安村と谷ディレクターは、ラグビー部員たちのつらい記憶も丁寧に聞き取っていった。 安村:ラグビーは身体が密着するスポーツなので、ああいうケガが起こった以上、身体を密接していた人たちは、少なからず責任を感じてしまうと思うんです。 当時、普段は全く泣かない部員が号泣していたんですが、12年経って「なぜあの時泣いていたの?」と聞くと「あの時、(スクラムを組んだ)後ろにいたから」、「隣にいたから」という思いをやっと口に出してくれた。 ラグビー部の後輩として杉田さんの人柄を知っていた安村だが、今回の取材で、その人間性にさらに深く触れ、気付くこともあったという。 安村:ラグビー部での杉田くんは、部員が120人以上もいる中で先輩・同期・選手・スタッフ…誰にでも分け隔てなく接していて、とにかくユーモアがあって、進んで一発芸をしたり、先輩にいじられにいって笑いをとったりするような人でした。 杉田くんが部員たちの前でブレイクダンスを披露したことがあったんですけど、80kg以上の体でブレイクダンスって、なかなか笑えて。 そうやって、お腹がよじれるくらい笑わせてくれた杉田くんが、ラグビーはもちろんですけど、踊って笑わせたりできなくなってしまうんだと思うと、とても悲しかったんです。 今回取材してみて、杉田くんは人一倍ストイックで異彩を放つ存在であり、カリスマ的な人だということが初めて分かりました。 谷:杉田さんが魅力的なのはもちろん、ラグビー部員の皆さんがそれぞれ魅力的な方なんです。 だから僕は、これは杉田さんの話なんだけど、杉田さん1人の話にはしたくないなと。 慶應ラグビー部というひとつのチームの話として構成したいというふうに考えていました。 実際にカメラを持って登っていると、僕なんかはヘロヘロで自分が登るだけで精一杯。 人のことなんて考えられない状態なのに、皆さんは杉田さんにずっと声をかけ続けていて、仲間の力で登っている感じがしました。 安村は、ラグビー部の一員としての思いを抱きながら、あくまで取材者の立場で登山に臨んだ。 安村:私は、杉田くんに一番近い所のカメラを担当していたので、本当なら手を取って登ったり声をかけたりしたかったんですけど、番組側の人間として、杉田くんと誰かの会話を撮ることを優先させました。 頂上に登って集まった時には感情が爆発して、みんな泣いていて、私も泣いてしまいました。 放送されなかった、もう一つの奇跡 実は、放送はされなかったのだが、「天候不良により、当初の日程で登山を続けるのはほぼ不可能」という判断が下された際に、もうひとつの奇跡が起こっていたという。 日程をずらすことはできたのだが、そうすると仕事がある者、遠方から来ている者は下山しなければならず、参加者全員での達成が危ぶまれる状況になっていた。 安村:そこで、杉田くんの同期で、パイロットになっていた佐野秀樹くんが、会社の同僚に連絡して天気図をもらったんです。 分析したら、ここから4時間は晴れるということがわかって。 ガイドさんから出されていた条件も「4時間晴れが続けば、登れる」というものだったので、「これはいける!」と、佐野くんが交渉してくれて…というドラマもありました。 谷:実はその時、僕は半分あきらめていたんですが、みなさんはひたすら「どうしたら登れるか」を相談し合っているんです。 「担いだらどうなんだ」「登山用車いすだったらどうなんだ」って、みんなで登るための方法を話し合っていた。 そうしたら「4時間晴れる」という情報がもたらされて…。 本当に、みんなの思いが詰まっているんだなと感じました。 天候不良など厳しい状況を乗り越え、杉田さんとラグビー部の仲間たちは奇跡的に富士山登頂を成し遂げた。 ラグビー部の夏合宿でチームワークを養うために予定されていた富士登山が、練習試合中のケガにより中止になってから12年。 当時、ケガをした直後の杉田さんがラグビー部監督と「いつか富士山に登ろう」と約束したことが種となり、さまざまな広がりを見せ、今、大きな花を咲かせた。 安村:林雅人監督(現キャノン アシスタントコーチ)は、ケガをした直後の杉田くんから「富士山に登れなくてすみませんでした」と言われて、「いつか登ろう」としか言えなかったとおっしゃっていて。 あの時、監督が杉田くんに「富士山のことなんて気にしなくていいから、治療に専念して」と言っていたら、この富士山の約束はなかったと思うんです。 それから12年後、こんなことが待っているなんて想像もしていませんでした。 みんな、杉田くんから直接頼まれたわけではないけど、「あいつが登りたいって言ってるから、必ずみんなで連れて行って登ろう」と言い続けていた言霊のようなものが心の中にずっとありました。 杉田さんとラグビー部の仲間たちの強い思いを番組スタッフが紡ぎ、感動のドキュメンタリーが生まれた。

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慶應義塾大学蹴球部(ラグビー部)2019年度 新体制発表! こんばんは。 先ほどYahoo! ニュースサーフィンしていたら新体制が発表された!と知り、急いで慶應大学ラグビー部のHPに訪問してみました。 その前に、、 本当に去年はお疲れっした! 感動をありがとう。 ただ、文武両道 医学部古田京キャプテンの最後の言葉が切なくてまた悲しくなりましたが…… 卒業される4年生皆様の新天地でのご活躍を応援しております。 気になる新体制はこんな感じでした。 ーーーーー 主将 栗原由太(桐蔭学園・4年) 副将 川合秀和(國學院久我山・4年) (主務 滝沢基(慶應義塾・4年)) FRリーダー 安田裕貴(慶應義塾・4年) LOリーダー 相部開哉(慶應義塾・3年) HB団リーダー 若林俊介(慶應義塾・3年) CTBリーダー 三木亮弥(京都成章・3年) BK3リーダー 高木一成(慶應義塾・4年) ーーーーーー うんうん。 いい感じ。 期待できるぜ!! 内部生中心の中、主将と副将が外部生というのもいい。 ちなみに僕の代のキャプテンも國學院久我山だった。 殆どのプレイヤーを去年の試合で一度は見たことある選手ばかり。 折角なので僕からの視点でも 彼らを簡単にご紹介したいと思います。 性格は当然知らないが、個人的な予想として 「背中を見せて引っ張るタイプ」のような気がする。 キングダムの「信」みたいに。 今年も暴れまくって欲しい。 多分、去年のトライ王だろう。 背丈はそんなに無いが足腰が半端なく強く、這いつくばってでも前に進む姿は、 僕の1個上のキャプテンだった田村選手を思い出す。 どうしてもフランカーって、 ・オフェンスが得意 ・ディフェンスが得意 に、分かれがちだが、彼は両方素晴らしい。 栗原キャプテンと共に 「体を張って」引っ張るタイプ。 「俺たちは下手くそだから努力するしかない」 きっと半端ない練習を積み重ねてきたことでしょう。 かなり4年生が抜けて前3は辛いと思うが今の時代、スクラム・ラインアウトと言ったセットプレイが昔以上に大事だ。 強い慶應の前3を宜しくお願い致します。 ラグビー スポーツジャーナリスト藤島大さんが、いっつもJSPORTSで絶賛する相部くん。 「彼はいいですねー タックルが最高です。 THE 慶應のロック!という感じですねー」 毎試合褒めまくってて、なんかこっちまで嬉しくなるくらい。 彼は20歳以下の日本代表にも選ばれている実力者。 3年生ながらもリーダーになったのは納得です。 相部くんと同じく3年生でリーダーということでかなり期待が持てる。 卒業する4年生だった同じポジションの江嵜選手は、他の選手に比べたら地味だったが、凄くいい動きをしていた。 彼の抜けた穴をぜひ埋めてもらいたい。 慶應では数すくない高校日本代表候補の逸材だ。 名門 京都成章出身は慶應としては珍しいが、あの低いスピードあるタックルは慶應魂そのものだ。 スピードに乗りながらパスをもらい、そこからのパスもかなりのセンスを感じる。 栗原キャプテンと同じポジション。 ぜひ、キャプテンをフォローしながら頑張って欲しいです。 昨年は怪我に苦しんだようだ。 あの明治戦のライン側の走りはマジで非凡な才能を感じた。 今年はマジで暴れまくって欲しい。 去年のエース、丹治選手の穴を埋めれる逸材だと思われる。 以上です。 いや~~~熱い。 だけど、選手たちはもっと熱い気持ちで日々過ごしているはず。 シーズンはこれから。 春の試合も出来るだけ足を運びます! そのためにも 娘ももっと慶應ラグビーを好きになってもらえねえかな・・・ 「パパ~ なんか慶應のジャージ ミツバチみたーい」 ・・・慶應の魂、黒黄ジャージをそんな言い方するな!! それではw.

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上田昭夫

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「学生ラグビーとは4年部員のものなのだ」黒黄のフランカーが確かめさせてくれたこと。 今年の我が母校慶應は22年ぶりに大学選手権を逃す辛いシーズンとなったが、 11月30日の最後の帝京戦では【29対24】と9年ぶりの勝利を挙げてくれた。 その試合で素晴らしい力を発揮してくれたのが、僕が大好きな副将の川合秀和くんだった。 栗原主将が不調な中、川合くんは文字通り「体を張って」チームを引っ張ってくれました。 最後の彼のスピーチは涙無くしては聞けなかった。 我々には全く見えない、辛い苦しいことの多い1年だったと思いますが、本当に頑張ってくれました。 そんな中、 ラグビージャーナリストの藤島さんの素敵な記事に、またあの感動が蘇りました。 藤島さんのこの表現が震えた。。。 あらためて学生ラグビーとは、大学当局でも、監督でも、OB会でもなく、4年部員のものなのだ。 黒黄のジャージィのフランカーがそのことを確かめさせてくれた。 指導者は「次」でなく「いまここにいる4年生」を勝たせるために人格のすべてを捧げなくてはいけない。 短い射程では、戦力の厚くなる数年後をにらんでメンバー構成したほうが成功するかもしれない。 しかし、50年、100年と続くクラブの歴史においては「いまここで勝とうと全力を尽くす」純粋な態度のみが伝統となる。 レギュラー争いは冷徹な実力の競争で決まる。 結果、先発が1、2年生ばかりになっても、それは自然だ。 ただ控えの4年部員が「私たちは大切にしてもらった」と思えるかは問われる。 大切にしてもらった人間だけが後進とクラブを大切にできるからである。 ・・・(涙) こういう指導者が増えて欲しい。 シーズン半ばで結果が見えだし、今年の結果がイマイチだとその年を捨てて来季に向け1・2年を使う指導者が多い。 今年は結果が出なかったけど、来年結果を出そう、、って。 やっぱ、それは違うと思う。 4年生に取っては最後の1年なんだ。 藤島さん、、素敵な記事、ありがとうございます。 感動しました。

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