日比谷 線 の 脱線 事故。 営団日比谷線脱線衝突事故とは

営団日比谷線中目黒駅構内列車脱線衝突事故まとめ

日比谷 線 の 脱線 事故

2000年3月8日、死者5名を出した地下鉄日比谷線脱線衝突事故が起きた。 小さな要因が複合的に積み重なった末に起きた悲劇であった Photo:JIJI 東京メトロは2月19日、女子駅伝部「東京メトロマーキュリー」を4月1日に創設すると発表した。 アトランタオリンピック女子5000m走で4位入賞の実績を持つ志水見千子氏を監督に迎え、初年度は選手4人で活動を開始。 また東京大学スポーツ先端科学研究拠点との共同研究を通じ、科学的アプローチでチームの強化を図っていくという。 目標は、数年内の全日本実業団対抗女子駅伝競走大会(クイーンズ駅伝)の出場、優勝だ。 ちなみに鉄道事業の「駅」にちなんで「駅伝部」という名称だが、駅伝以外にトラック競技やマラソンなどの活動も予定しているそうだ。 今ではほとんど忘れられているが、東京メトロの前身である帝都高速度交通営団(営団地下鉄)も実業団チームとして陸上部を保有していた。 しかし、1994年に創設されたチームは、わずか6年後に活動中止を余儀なくされる。 2000年3月8日に、地下鉄日比谷線脱線衝突事故が発生したからである。 間もなく事故から20年が経過しようとしている。 事故は朝ラッシュの余波が残る9時1分、日比谷線中目黒駅構内で発生した。 北千住発菊名行き列車が、中目黒駅到着直前に最後部車両の車輪が脱線。 その直前に中目黒駅を出発した竹ノ塚行き列車と衝突した。 竹ノ塚行き列車に乗車していた乗客5人が死亡。 双方の列車に乗車していた乗客64人が負傷する大惨事となった。 運輸省(当時)は事故当日に鉄道事故調査検討会を発足し、事故原因の究明に当たった。 その結果、見えてきたのは、それぞれ単独では脱線に至らない程度の複数の要因が重なり合うことで発生する「複合脱線」と呼ばれる事故だったということであった。

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電車脱線:通勤客ら悲鳴、車両めちゃくちゃ 流血の人次々 : 「・・落書」ネタ帳

日比谷 線 の 脱線 事故

概要 [編集 ] 発、東京急行電鉄(現:)直通各駅停車・行き(、列車番号A861S、03-102編成)の最後尾車両(03-802)が、手前の急曲線における出口側緩和曲線部(カント逓減のため平面性が失われる箇所)で、カーブ外側の車輪がを起こした。 機材線用横取りにより隣接線にはみ出したところ、対向の中目黒発直通行き( モハ23852 - 26852)と側面衝突し大破した。 死亡した乗客5名はいずれも東武側車両の6両目(モハ23852)に乗車していた。 そのため、いずれか1人に刑事責任を負わせる事はできないとされた。 また関係者5名が管理限界を超える線路の狂いを放置したとして、からにで送検されていたが、不起訴処分となった。 事故調査検討会は緩和曲線部、低速走行、摩擦係数の増加など複数の要因が複合した乗り上がり脱線であるとしているが、安全確保という観点から次のような見解を示している。 すなわち、事故発生の主原因は輪重比の大きな狂い、副原因は営団の護輪軌条の設置基準が極端に緩かった、という点が事故調査報告書の結論の主旨である。 この見解を基にして、全国の鉄道事業者に以下のような2種3項の指示を順次出した。 「推定脱線係数比」という管理値を導入し、基準値に満たない(基準を超える)カーブへの護輪軌条設置を義務化(最終報告書、順次実施)。 に()で2度の脱線事故を経験してから、営団では社内調査により輪重比管理の必要性が指摘されていた。 現場からは輪重計の設置が要求されていたが、これは却下・放置され、半蔵門線の車両のみの輪重調整に留めた。 また、半径140m以下のカーブにのみ護輪軌条を設置するという営団の設置基準は極端に低かった。 事故現場は半径160. 1mであったことから、護輪軌条は設置されていなかった。 しかしながら、が全事業者に通達を出すことはなく、営団でも点検は行われなかった。 この事故の報道においては、複数要因が重なって発生した脱線事故であることをもって、国鉄が「」と説明した()と比較されることもあった。 また、この事故が法改正を促し、発足の契機にもなった。 営団地下鉄の車両の対策 [編集 ] この事故を受けて営団地下鉄及び後身である東京メトロでは、度以降に製造する車両において車体構造の見直しと構造の変更を実施した。 なお、輪重とは左右の車輪にかかるバランスのことで、バランスが崩れると脱線の原因にもなるので、定期的に左右のバランスを等しくする必要がある。 2002年度落成の用・用(翌年度分の12次車も同様)では側構体(車体側面)構造をからに変更する「セミダブルスキン構造」を採用し、合わせて車体連結部の隅柱に衝突柱を設置して衝突事故時の安全性を向上させた。 さらに曲線通過性能の向上や輪重抜け(輪重バランスが崩れること)の防止、輪重調整作業の作業性向上(従来は台車を分解して調整したが、小形ジャッキの使用で分解を不要化)などを図った新形式の台車を採用した。 度製造の用からは車体全体をダブルスキン構造で構成する「オールダブルスキン構造」を採用したほか、車体隅柱に強化したダブルスキン構造の衝突柱を設置し、より安全性を向上させた。 度製造の・用のからは、輪重変動割合の大きいボルスタレス台車から、ボルスタアンカー付き構造台車への採用に戻った。 以降の新造車両ではボルスタ構造の台車を採用している。 なお、メトロ線を走行する先事業者(東急(含む)・東武・・・・・)および線路共用区間を走行する()のにボルスタレス台車を装備する車両があるが、それらに関しては入線制限の規定を設けていない。 その他 [編集 ]• 事故の再発防止策として、当時計画中だった13号線() - 間の曲線線形を変更する都市計画決定がに行われた。 中目黒駅では営団日比谷線全線開業間もない、1967年と1992年にも事故が起こっていた。 1965年の事故はこの事故とほぼ同じ箇所で脱線したものであるが、この時は対向列車がなかったため衝突などの大惨事には至らなかった。 原因はのフレーム破損による異常が原因であった。 1967年と1992年の事故はいずれもが引上げ線で側面衝突したものである。 つまり、中目黒駅界隈では同じ箇所で2回ずつ事故が発生した訳である。 この事故の責任を取るかたちで、寺嶋潔営団総裁(当時)が引責辞任した。 陸上競技部は活動自粛を余儀なくされ、その後(東京メトロ)に引き継がれずに廃部となった。 (ら選手・監督はが受け入れた。 犠牲者の1人はに通い、に所属する当時17歳の高校生だった。 ジムの先輩で彼の面倒を見ていたはこの犠牲者のイニシャルを刺繍したトランクスを着用して試合に臨み、世界王者にまで上り詰めた。 事故後、営団は事故現場付近にを建立し、翌2001年には事故のあった3月8日を「安全の日」と定め、東京地下鉄に移行した現在に至るまで毎年、職員が事故現場で慰霊を行っている。 脚注 [編集 ] []• 鉄道ファン2006年9月号新車ガイド「東京地下鉄10000系」参照。 『』、2009年、172,179,180。 2019年10月25日閲覧。 草思社「全国鉄道事情大研究 東京都心部篇」(著書。 2000年発行)• 『帝都高速度交通営団史』 東京地下鉄株式会社、2004年12月。 関連項目 [編集 ]• 外部リンク [編集 ]• - 失敗知識データベース• - 国土交通省 この項目は、に関連した 書きかけの項目です。

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営団日比谷線中目黒駅構内列車脱線衝突事故まとめ

日比谷 線 の 脱線 事故

事例名称 日比谷線の列車脱線衝突 代表図 事例発生日付 2000年03月08日 事例発生地 東京都目黒区 事例発生場所 東京都帝都高速度交通営団 日比谷線中目黒駅構内 事例概要 営団日比谷線下り線の北千住発菊名行き8両編成列車の8両目車両が中目黒駅手前のカーブで脱線しはみ出した。 そこへ下り線から軌道中心間隔3. 5mの上り線を、東武鉄道の中目黒発竹ノ塚行き8両編成列車が走行してきて、5両目と6両目車両が脱線車両に衝突した。 日比谷線の8両目車両の車輪がレールに乗り上がって脱線した(いわゆる「乗り上がり脱線」と推定される。 この衝突で、死亡5名、負傷者63名の犠牲者を出した。 事象 営団日比谷線下り線の北千住発菊名行き8両編成列車の8両目車両が中目黒駅手前のカーブで脱線しはみ出した。 そこへ下り線から軌道中心間隔3. 5mの上り線を、東武鉄道の中目黒発竹ノ塚行き8両編成列車が走行してきて、5両目と6両目車両が脱線車両に衝突した。 この衝突で、死亡5名、負傷者63名の犠牲者を出した。 経過 2000年3月8日(水)の午前9時ごろ、営団日比谷線の下り線(A線)を北千住発菊名行き8両編成の第A861S列車が、乗客数約100名を乗せて中目黒駅に向かっていた。 そこへ、下り線(A線)から軌道中心間隔の3. 5mの上り線(B線)を走行していた東武鉄道の中目黒発竹ノ塚行き8両編成の第B801T列車が、乗客約1,000名を乗せて走行してきたため、5両目車両(乗客数約125名)の前部と6両目車両(乗客数約125名)の前部に日比谷線の脱線車両に衝突した。 これにより第A861S列車の8両目の車両および第B801T列車の5両目および6両目車両が大きく大破した。 図1は、事故列車の位置関係を示したものである。 この衝突で、死亡5名、負傷者63名の犠牲者を出した。 衝突後、第A861S列車は車掌の非常ブレーキ操作により停止、第B801T列車は、5両目と6両目の間にあるブレーキ用空気管が損傷して自動的に非常ブレーキが動作して停止した。 車両の損傷状態に関して、第A861S列車の8両目車両の車体は、進行方向右側の端部より中央ドア付近までの側面が大きく損傷し、脱落していた。 第B801T列車の5両目車両の車体は、前方右側の端部が損傷し、車両中央部のドア付近から車両の後端まで車体右側側面に擦傷跡があった。 6両目車両の車体は前方右側の端部から最初のドア部までの側面が損傷脱落し、損傷端部がめくれた状態に大破した。 また、4両目車両の後部、7両目車両の中央部から8両目車両の側面にかけて、わずかながら擦傷痕が見られた。 5両目車両と、6両目車両の連結部については、車両の右側に位置する電気ケーブルおよび空気管の損傷、破損が見られた。 脱線した個所付近の進行方向右側のレール(曲線の外軌側レール)の上面には、18km333m付近から約7mにわたり、車輪のフランジによる走行痕が認められ、その脱輪位置よりも約1m手前にも短い痕跡が認められた。 また、同じ落輪位置の内軌側のレールにも、短い痕跡が認められた。 また、脱線した車両の第1軸外軌側車輪の踏面およびフランジには、図2のような痕跡が車輪の約半周(1. 3m)にわたり残されていた。 原因 今回の脱線は、左急曲面に続く緩和曲線の始端付近(この個所は、構造上の軌道面の緩やかなねじれ(保安基準内の誤差を含む)により、右側車輪の「輪重(車輪がレールを下方向に押す力)」の減少と「横圧(車輪がレールを横方向に押す力)」の増加が生じる)という線形条件の個所において、輪重減少や横圧増加を引き起こす複数の因子の影響が複合的に積み重なったことにより、8両目車両第1軸の右側車輪の脱線係数が増大し、車輪がレールに乗り上がって脱線したことによるもの(いわゆる「乗り上がり脱線」と推定される。 その因子として、脱線した車両は、 (1) 製造時における静止輪重の測定結果において、第1軸右側車輪と第4軸左側車輪の静止輪重が小さく、車両の体格におけるアンバランスを有していたこと (2) 共用後、静止輪重の測定・調整等の管理が行なわれていなかったこと (3) 事故発生後に行なった、他の同形式(03系)の車両の静止輪重の測定結果において、大きなアンバランスが計測されたこと から、事故当時に第1車軸に大きな静止輪重のアンバランスを有しており、それが脱線に大きく影響したものと考えられる。 その他の因子としては、以下のものが輪重の減少と横圧の増加を助長したものと考えられる。 なお、これらには、現在の設計・保守に関する技術的評価では特に異常とみなせないものや、管理が困難なものも含まれており、また、各因子の脱線への影響度も一律ではない。 ・ 脱線個所付近の車輪・レール間の摩擦係数が事故発生時刻に増大したと推定され、それが横圧の増加をもたらしたこと ・ 当該車両の空気ばねの台車転向に対する剛性、台車の軸ばねの特性が、横圧の増加及び輪重の減少に影響したこと ・ 摩耗・損傷等の軽減を目的として研削されたレールの断面形状が、当該車両の踏面形状との組み合わせにおいて、横圧の増加に影響したこと なお、輪重減少や横圧増加に直接影響を与えたものではないが、研削されたレールの断面形状では、車輪踏面がレールから浮き上がった場合に、新品レールに比べて少ない浮き上がり量で車輪がレールに乗り上げることから、この断面形状は、脱線の限界値にも影響を与えた因子と考えられる。 対処 事故が発生した3月8日に運輸省で第1回目の事故調査検討会(座長:井口雅一東京大学名誉教授)が開催され、事故の現地調査報告、ワーキンググループの設置や運転再開までに取るべき処置などを討議した。 緊急処置として、以下のことを決定した。 この対策については、運輸省より該当する鉄軌道事業者に指示が行なわれた。 半径200m以下の曲線部において、 (1) 曲線に続く緩和曲線部において、可及的速やかに脱線防止ガード、脱線防止レール又は安全レールを設置すること (2) (1)以外の区間において、以下の条件を菅生的に勘案して必要性が高いと考えられる個所から優先的に計画を策定し、できるだけ早期に脱線防止ガード、脱線防止レール又は安全レールを設置すること ・ カント逓減倍率(レール敷設面の勾配の変化率) ・ 曲率半径 ・ 反向曲線 ・ 急こう配及びこう配変更点 ・ 脱線があった場合の被害状況(分岐器の手前、橋梁上等) 対策 帝都高速度交通営団は10月30日、日比谷線中目黒駅付近での脱線衝突事故に対して運輸省の事故調査検討会が提言した再発防止策を受けて、具体的な事故防止策を発表した。 静止輪重比(片方の車輪の輪重が左右の輪重の平均値からどれだけ偏っているかを百分率で表わしたもの)は、日比谷線03系は6月までに全車両を、他線でも10月10日までに9割を15%以内に調整済み。 引き続き2001年度中に10%以内に引き上げた。 静止輪重比の調整にさいし、新たな調整装置を5台導入した(1台あたりの設置費用は4-5千万円)。 車輪のフランジ角度は日比谷・千代田・有楽町の各線が60度だったが、日比谷線は11月9日までに70度に変更、千代田・有楽町線は2001年9月までに変更した。 他線は当初から67-70度だった。 急曲線部のレール削正は可能なかぎり新品の断面形状に近づけることとするが、最適形状の検討については鉄道総研に委託した。 また、脱線個所の線路は2000年内に緩和曲線長を10m延ばして40mにした。 知識化 事故は様々の因子の複合で発生する場合がある。 事故発生に影響を及ぼしたと考えられる各因子について、実現可能性を考慮しながら、総合的に事故に対する余裕度を推定することが必要である。 そして再発防止のためには、事故の状況や現象を正確に把握することが不可欠である。 また、事故の発生限界(余裕度)は、部品摩耗など使用にともなう形状変化で低下するので、摩耗限界などの管理が欠かせない。 背景 これまで鉄道事業者は、新形式車両の導入、新線開業、スピードアップ等に際して、輪重・横圧測定試験を実施し、安全性の確認を行なってきていた。 これらの試験においては、予定している運転速度を前提に、先頭第1軸を中心に測定が行なわれてきていた。 (事故後に行なった現地走行試験等の結果、急曲線に続く緩和曲線部を低速で走行した場合に、輪重が小さい軸において高い脱線係数が観測されることが明らかになった。 ) よもやま話 事故直後から10月26日にかけて、事故調査検討委員会は、現地調査をはじめとして様々な調査・検討を行なった。 特にこの事故の最大の問題である脱線要因を明らかにするため、事故発生現場において可能な限り当時の事故状況を再現して走行試験を行なうとともに、シミュレーション等を活用して、脱線の発生に影響を与えたと考えられる各因子の影響度等の解析を行い、脱線現象の解明を行なった。 脱線に対する余裕度を、推定脱線係数比=限界脱線係数/輪重・横圧推定式に基づく脱線係数(推定脱線係数)で評価した。 推定脱線係数は曲線外軌側の横圧最大値と輪重最小値の比である。 様々な要因による輪重・横圧の発生メカニズムの理論と曲線通過時の実測データを使って解析された。 今回のような調査は事故調査検討会として初めての調査であり、この調査で得られた貴重な経験を今後の事故調査体制の充実のために活かすことが極めて重要との認識から、7月31日の第5回検討会で、今後の事故調査体制のあり方について、以下のような意見をまとめ公表した。 (1) 事故発生時の即応性の確保、事故調査に関するノウハウやデータの蓄積および事故調査の継続性の確保が必要。 このため、専門技術的な立場から事故調査ができる常設・専門の調査体制を整備し、再発防止策が講じられる体系を構築すること。 (2) (1)に掲げる事故調査を円滑に遂行するために、報告徴収、物件の留置等を確保すること。 (3) 鉄道事故に関する基礎的研究を推進すること。 railfan. html 死者数 5 負傷者数 63 マルチメディアファイル 備考 「乗りあがり脱線」による列車脱線衝突 分野 機械 データ作成者 張田吉昭 有限会社フローネット 中尾政之 東京大学工学部附属総合試験所総合研究プロジェクト・連携工学プロジェクト.

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