南海 高野 線。 南海高野線

まるでタイムマシン。古き良き時代を体感できる「南海高野線・汐見橋支線」乗車レポート

南海 高野 線

による特急「こうや」 基本情報 通称 汐見橋線(汐見橋駅 - 岸里玉出駅間) りんかんサンライン(〈難波駅 - 〉岸里玉出駅 - 橋本駅間 1995 - 2008) こうや花鉄道(橋本駅 - 極楽橋駅〈 - 高野山駅〉間) 国 所在地 、 起点 終点 駅数 42駅 路線記号 NK 開業 全通 汐見橋線分断 所有者 運営者 南海電気鉄道 、同区 (汐見橋線専用車のみ) 使用車両 の節を参照 路線諸元 路線距離 64. 5 1,067 () 線路数 (汐見橋駅 - 橋本駅間) (橋本駅 - 極楽橋駅間) 1,500 50 自動閉塞式 、 100 路線図 高野線(こうやせん)は、の からのまでを結ぶのである。 一般的には、以南発着の列車がすべて乗り入れるから極楽橋駅までの運行系統を指す(を参照)。 - 極楽橋駅間と線路が分断されている、汐見橋駅 - 岸里玉出駅間には 汐見橋線(しおみばしせん)という通称がある。 路線シンボルマークは、高野杉の林をイメージしたもの()で、は緑。 - 間には こうや花鉄道という名称を付けて、観光列車「」を運行するなど様々な取り組みが行われている。 特急「」(我孫子前駅付近) 日本有数の・であるへの参詣輸送路線であり、終点の極楽橋駅からはに連絡している。 加えて、大阪府・和歌山県から大阪市内への通勤・通学路線でもある。 かつてはに対して支線的な存在だったが、宅地開発による沿線人口の急増、さらにはとのにより、現在は、南海本線と並んで、南海の中心路線となっている。 全線でおよびなどPiTaPaと相互利用可能なが利用できる。 ただし、乗車回数に応じて割引が適用されるサービスはPiTaPaのみが対象となる。 高野線のうち、「こうや花鉄道」の愛称のある - 極楽橋駅間(特に - 極楽橋駅間)は50 のを持つであり(詳細)、高野山という観光地が沿線にあるという特徴を持つことから、南海電気鉄道は同様に沿線に観光地があり、急勾配区間がある日本の鉄道会社6社(南海のほか、、、、)でを2009年に結成している。 また、2017年10月24日には同様の特徴を持つの MOB と姉妹鉄道協定を締結している。 りんかんサンラインの愛称について [ ] 南海新今宮駅。 1番線案内表示機に「りんかんサンライン」の文字(2015年2月撮影、現在は撤去済み) 1995年から2008年まで難波駅 - 橋本駅間には「 りんかんサンライン」の愛称が付けられていた。 「りんかん」は、澄んだ空気と豊かな自然とが調和するさわやかな街並みのイメージ、「サンライン」は太陽 Sun の明るさと暖かさ、さんさんと降り注ぐ陽光の輝きを意味している。 1994年12月14日、当時の社長が「田舎臭いイメージを変えたい」と発言したのがきっかけで岸里玉出駅 - 橋本駅間の名称を社内公募で選定し、1995年9月1日のダイヤ改正時から使用したいと発表。 社長案として「南海山の手線」を提唱した。 高級感のある名称で当時沿線開発をしていた美加の台などの高野線沿線の住宅販売に好影響が出るはずとコメントしたが、南海沿線の住民からは好意的な意見は少なかった。 難波駅 - 橋本駅間については真言宗への配慮から 「高野線りんかんサンライン」両名併記とした案内も一部で見られた。 車内放送では、南海本線側からの乗換案内などで「高野線りんかんサンラインはお乗り換えです」と案内されていた。 なお「山手線」の名称は、南海電気鉄道の前身である南海鉄道が1940年に統合したの路線、すなわち後に(JR西日本)となる路線の呼称として、によって同線が国有化される1944年まで用いていたことがあった。 2008年の高野線ダイヤ変更より案内上でもほとんど「りんかんサンライン」の愛称が使われなくなり、のの開業とともに、車内路線図から「りんかんサンライン」の表示が消去され、乗換案内の車内放送からも「りんかんサンライン」は使われなくなった。 また公式ホームページからも「りんかんサンライン」は削除されている。 愛称使用終了前に印刷された駅配布の時刻表などもそのまま配布されていたが、2013年10月に行われたダイヤ改正に発行された時刻表および駅掲出の時刻表には記載されていない。 泉北高速鉄道の車内案内表示器()には、中百舌鳥駅到着時の乗換案内にて「りんかんサンライン」の表記が現存している。 路線データ [ ]• 路線距離():汐見橋駅 - 極楽橋駅間 64. 5 km• :1067mm• 駅数:42駅(起終点駅・汐見橋線の駅も含む)• 複線区間:汐見橋駅 - 橋本駅間(汐見橋線岸里玉出駅構内のみ単線)• 単線区間:橋本駅 - 極楽橋駅間• 電化区間:全線電化(直流1500V)• :自動閉塞式• をのぞく、および (貨物専用)の経路は省略 40. 1 NK77 高 92 m 高野山検車区橋本検車場 -1996 40. 6 0. 0 妻信号所 -1959 - 0. 6 紀ノ川口駅 -1959 43. 2 NK78 高 87 m 45. 8 NK79 高 79 m 47. 6 NK80 高 94 m 丹生川橋梁 丹生川 椎出トンネル 長 399m 49. 6 NK81 高 108 m 不動谷川 51. 3 NK82 高 177 m トンネル2か所 中古沢橋梁 長 67. 6 m 53. 0 NK83 高 230 m トンネル2か所 笠木橋梁 トンネル4か所 56. 0 NK84 高 363 m トンネル7か所 58. 4 NK85 高 473 m トンネル4か所• 2005年まで電留線群として、それ以降は側線1線のみ存続• 電留線および保線基地として存続 難波駅 - 間は沿線に住宅地が多く、20m級の4扉大型車両を運行し通勤客を捌いている。 大阪市内の - 間を中心に大きな幹線道路とになるところもあり、『』が点在する。 沿線住民から高架化工事の要望もあるが、地形的な問題や線路と隣接して住宅などがあるため具体的な構想にまでは至っていない(なお堺市広報によると、浅香山駅および堺東駅の両駅周辺で高架化に着手する動きが出ている)。 またカーブが多いため難波駅 - 間は南海本線の難波駅 - 間よりも所要時間が幾分長い。 また堺東駅 - 住吉東駅間は先行の各駅停車の後続を運転し、ラッシュ時を中心にのろのろ運転となっている。 しかし日中の優等列車の運行頻度は南海本線の毎時8本(有料特急2本、一部座席指定特急2本を含む)に対し、高野線は毎時10 - 11本(うち有料特急は0 - 1本)であり(2017年8月時点)、高野線の方がわずかながら高い。 堺東駅から千代田駅にかけては、河内長野駅から橋本駅にかけては、紀伊清水駅から紀伊細川駅手前付近まではがほぼ同じ経路を併走している。 難波駅 - 橋本駅間 [ ] - 間は、路線名称上はである。 線路別のうち、東側の複線は高野線列車専用となっており、高野線の帝塚山駅方面の全列車が岸里玉出駅から難波駅まで乗り入れる。 運行系統上、難波駅から記することとする。 9面8線の構造をもつ始発の難波駅を出てすぐ右にカーブし、右手に(旧〈大阪球場〉跡地)、なんばLABI、やの本社社屋などを、左手に日本橋電気街()やなどを見ながら、を潜って、高野線の各駅停車のみが停車するを通り、を乗り越え、左手にが見えると程なくJRとの接続駅であるに着く。 この駅の下を通るJRの・(いずれも高架線)を高々架で跨ぎ、左右にあるいはと称されるを、また左手遠方には高さ日本一のビル・などの高層ビル群を見ながらやはり高野線の各駅停車のみが停車するを過ぎると。 かつてはこの駅からが分岐していたが、1993年に大阪市営地下鉄堺筋線(現在の)が同駅まで延長されてからはその一部区間が代替を担っている。 1980年までは南海の車両工場もあったが、同年高野線千代田に移転し、跡地にはの練習場やスーパーマーケットが建っている。 なお直通の特急「」は当駅以南は高野線内の停車駅がなく 、直通先の泉北線まで停車しない。 天下茶屋を出て程なく左にカーブして南海本線系統の線路と別れ、「汐見橋線」との接続駅である岸里玉出駅を過ぎ、同時にを超えるとにさしかかり、線路は掘割の中を右カーブしながら南進を始める。 掘割を抜けて上町台地に上ると帝塚山学舎の最寄り駅でホーム幅の狭い、すぐにを潜り待避線ホームのあるを過ぎるとを渡るまでカーブや開かずの踏切が連続する。 ()の踏切を過ぎて、続いて()と斜めに平面交差してを過ぎると、大和川を渡ってに入る。 堺学舎、の見所であるの最寄り駅のを過ぎて、の高架をくぐると、などの所在地で堺市の中心駅であるに着く。 かつては堺東検車区などがあり運行の拠点だったが、現在は検車区はおよびに移行し、跡地には高層マンションが建っている。 準急行はこの駅からは各駅に停車する。 また泉北線直通の区間急行は直通先の泉北線まで停車しない。 堺東駅を過ぎると大きく左カーブをして南東に進路を変え、掘割区間に入ってをくぐると、右側にはが垣間見える。 すぐ下の掘割を通って交差するJRとの接続駅の、を過ぎると、中百舌鳥キャンパスの最寄り駅で、泉北高速線との接続駅であるに着く。 中百舌鳥駅は区間急行以上の優等列車は通過するものの堺市北東部の中心駅であるために乗降者数はかなり多い。 またこの駅から一部の列車は泉北高速線と直通運転を行っている。 中百舌鳥を出ると泉北高速線は上下線に挟まれた地下トンネルに入っていき、一方の高野線は線路容量に若干余裕が出ることや、線形がやや良くなることもあって、日中時間帯を中心に優等列車はこの付近から少し速度を上げて運転することが多い。 線路は住宅地の間を通りながら、程なく待避設備のある、続いて2面2線のに至る。 緩やかに右にカーブしながらを過ぎて・バイパスをくぐると一旦周囲には田園風景が見えるようになるが、すぐに近代的な住宅街や商業地などが整備された堺市東区の中心駅・に着く。 区間急行はこの駅より各駅に停車する。 北野田駅を出ると線路はを渡りながら緩やかに左にカーブをしてすぐにに入り、を過ぎると、車窓右側には住宅街の向こうに日本最古の灌漑用溜池である広大なの堤防が、左手遠方には(PL教団)の(PL塔)がそれぞれ見えるようになる。 右にカーブをすると、かつて南海が狭山池畔で経営していた遊園地「」(閉園)の最寄り駅であったに至る。 周辺には大規模なニュータウンが見え始め、の跨線橋をくぐると、全列車停車駅である2面4線のに着く。 これら大阪狭山市内の駅は毎年のの日には、周辺に眺望を妨げるものが少ないために多数の観客が訪れ激しく混雑するが、それ以外の日でも、大規模なニュータウンを周囲にもつ金剛駅は南海電鉄全体での乗降客数の上位に入る駅となっている。 金剛駅を出ると次第に起伏の多い地形が目立ち始め、に入ってを過ぎるが、すぐに線路はに入り、を過ぎると、車両工場を併設する小原田検車区千代田検車支区が広がる。 この千代田検車支区、高野線、さらには国道310号を大きく越える高架橋が(大阪外環状線)であり、このガードをくぐると住宅街の広がる丘陵を開削した区間となる。 左後方から単線のが近づいてきて並走し、国道170号の旧道と国道310号の重複区間となっている道路(東高野街道)を越えると、駅ビルのを携える全列車停車駅のに着く。 同駅は南海が2面4線、近鉄が頭端式1面1線の駅構造となっており、利用者数・利便性ともに南海の方が優位に立っている。 またこの駅より急行は各駅に停車するため、各駅停車の多くはこの駅で折り返す。 河内長野駅を過ぎると車窓の雰囲気は一変してが広がる山並みの裾をに沿って走る区間となり、やその支流の天見川が線路沿いを蛇行するように流れる。 左右にカーブをするとすぐにと直結するに達するが、これより先は急勾配区間となり、南海本線所属列車など一部の列車は、ブレーキ性能等の関係でこの駅より先には入線できない。 この駅を出て引き上げ線を上下線の間に挟みながら大きく左へカーブすると高架区間となり、新興住宅街・の最寄り駅で、高野線で最も新しいに達する。 ここから先は山々がせり出し農村地帯を通る区間となり、かつて単線であった頃は山の谷間を縫うように線路が通っていたが、複線化工事の完成後は美加の台駅 - - の駅間に1本ずつトンネルが貫通している。 また三日市町駅 - 美加の台駅間から並走してきたのは、千早口付近(車窓左側から見上げることができる)で供用区間が途切れて、旧道とを結ぶ取付道路と交差する。 天見を出た線路はなおも大小3か所のトンネルを通過した後、いよいよを貫くに入っていく。 トンネル内に大阪府と和歌山県の府県境があり、同県に入る。 この峠からは橋本駅手前まで約7キロにわたり急な下り勾配が続くようになる。 トンネルを出るとすぐ、続く大きな右カーブを通過する頃から周辺は車窓左側を中心に徐々に開けてくる。 このカーブを抜けると、南海が開発したニュータウン「」の最寄り駅であり、2面3線の構造をもつに着く。 区間急行は最長でもこの駅までの運転となり、また快速急行はこの駅より各駅に停車する。 続いてニュータウン内のメインストリートであるバイパス道路のガードをくぐってさらに勾配を下るとに達する。 やがて車窓の右側に小原田検車区の本区が見え、左後方からは国道371号の高架橋が立体交差し、さらにバイパスの高架橋をくぐり、住宅地の真下の短いトンネルをくぐると、線路は大きく左にカーブをして下り勾配が終了し、右後方から近づいてくるJRと並走を始めたところで、同線との乗り換え駅であり、橋本市の中心駅でもあるに到達する。 20m級4扉車や特急「りんかん」専用車両であるは、の関係でこの駅までの運転となる。 山岳区間、とりわけ高野下駅 - 極楽橋駅間においては完全に線路が山の中に入るために、途中にある駅へは幹線道路からすれ違いの困難な狭い道路や林道があり、車で辿り着くのは容易でない。 各駅の周辺の山間部は民家が少なく利用客もきわめて少ないが、すべての駅に簡易型の自動改札が完備され、駅係員も橋本駅および下古沢駅、紀伊細川駅から極楽橋駅のすべての駅に配置されている。 上古沢駅と下古沢駅の間には、鉄道橋としては日本で10箇所だけで供用されている(全長67. 6m、高さ33. 4m)の 中古沢橋梁があり、南海電鉄がにみずから設置した観光用の展望デッキと電車の通過時刻を記した時刻表を備え 、トレッスル橋を下から見上げられる。 展望デッキまでは上古沢駅・下古沢駅から徒歩20分の道のりである。 九度山駅 - 極楽橋駅間には、もっとも長い「椎出トンネル」(九度山駅 - 高野下駅間、399m) をはじめ、大小24箇所のトンネルがあり、このうち高野下駅 - 極楽橋駅間の23箇所には坑口に番号が振られている。 橋本駅を出ると線路は単線となり、すぐ緩やかに左カーブをして和歌山線は見えなくなるが、やがて大きく右にカーブをして南進を始め、同線およびのガードをくぐると線路はを渡る。 ここからしばらくは車窓左側には田園地帯の奥に山々が、右側には住宅地と田園地帯の錯雑が見られるようになる。 続いてさらに大きく右カーブをして南西方向にしばらく進み、国道371号と平面交差すると。 この付近から右側に国道370号が並走を始める。 車窓左側に学文路天満宮、かむろ大師奥之院が見えると。 この駅の入場券は、毎年受験シーズンが近づくと、学文路天満宮の祈祷を受けた5枚セットが縁起物として販売される。 線路はなおも西進してに入り、右側に丹生川が近づくとである。 この駅の近くには戦国の(幸村)が潜伏していたがあり、九度山駅の駅舎も2015年にそれにちなんだデザインにリニューアルされた。 やがて左に大きくカーブをして南進を始める頃から、車窓左側は終点までほぼ完全に山に覆われてしまう。 丹生川橋梁で国道370号と美しい渓流の景観が見える丹生川を渡り、椎出トンネルを抜けるとすぐに着く。 この駅から先は各駅停車の本数がさらに半減する。 ここから先は急カーブやトンネルの連続区間となり、車窓右側もいくつかの集落が見えるほかは山々に覆われた光景となる。 は2002年に行き違い設備がいったん撤去されていたが、2018年に隣のから移設される形で復活し、交換可能駅となった。 やがて中古沢橋梁に差し掛かるあたりからは周辺の集落もほぼ見えなくなり、さながら秘境の様相を呈してくる。 に伴うの影響で棒線駅化された上古沢駅を出て2か所のトンネルを通過し、笠木橋梁を渡って3本目のトンネルを抜けた付近でに入り、さらにトンネルを1か所通過すると、続く7本のトンネルを経てに至る。 最終の4か所のトンネルを抜けて、右側に朱塗りの極楽橋が見えると、(高野山ケーブル)との接続駅である終点のに到着する。 ケーブルカーのりばは列車を降りて車止め方向に歩いて突き当たった右側にあり、およそ5分でとを結んでいる。 2009年(平成21年)2月6日に紀伊清水駅、学文路駅、九度山駅、高野下駅、下古沢駅、上古沢駅、紀伊細川駅、紀伊神谷駅、極楽橋駅、高野山駅、紀ノ川橋梁、丹生川橋梁、鋼索線が(高野山参詣関連遺産)に指定されている。 終点・極楽橋駅に停車中の特急「」 汐見橋駅 - 岸里玉出駅間 [ ] 汐見橋駅 - 岸里玉出駅間も後述するとおりあくまで正式には高野線の一部であるが、の線路分断後は事実上孤立した支線となっており、ほとんどの時間帯で1時間に2本の各駅停車が往復するだけの、いわば下町のローカル線の様相を呈している。 以下、汐見橋から岸里玉出に向かって記述する。 駅舎にかつてのターミナル駅であった頃の面影を残す、頭端式1面2線のを出発すると、しばらくは車窓左側に高架のおよび()が並走する。 JRの高架をくぐる地点で同時に新なにわ筋が左前方に別れてに着く。 同駅下りホームの裏にあるランプウェイは阪神高速のである。 緩やかに右カーブをすると阪神高速も一旦左に別れ、かつての貨物取扱駅の面影を偲ばせるに達する。 およびの高架をくぐり、大きく左にカーブをして、右側にや西成公園が見えるとに至る。 津守を出てすぐ新なにわ筋と阪神高速15号堺線の高架をくぐるが、新なにわ筋の高架橋(鶴見橋跨線橋)はに廃線となったの路盤をそのまま道路に転用したものであり、廃線から半世紀近くたった後も架線柱の切断痕などが見られる。 線路は下町の住宅地を直線状に進んで、そのまま高架を上がってをオーバークロスすると線路は単線となって、左後方から右前方に向かって南海本線が、前方の延長線上から高野線の帝塚山駅以南に通じる路線がそれぞれ近づき、汐見橋線は南海本線に沿う形で右にカーブをすると岸里玉出駅に到着する。 「」のみで「」の表示がない。 (登場して間もないころの) 難波駅から高野山方面へ直通する列車をかつては「大運転」と称したが 、特急「こうや」や日中運行される快速急行など一部の列車をのぞき大運転自体が減少したこともあって、近年はあまり用いられていない。 大運転の高野山方面列車の行先案内は、高野線の実際の終着駅である極楽橋ではなく、鋼索線を経た「 」と表示されていた。 また、方向幕を持たないなどの場合は、「急」というを掲げるだけで行き先は表示されていなかった。 極楽橋駅で、(高野山ケーブル)に接続している。 は南海本線と異なり、1000系や2000系をのぞく従来型通勤車は導入後も白地の英文なし幕を使用し続けていたが、11月ごろから南海本線と同じタイプの黒地の英文入り幕に交換され始めた。 これは同年のダイヤ改正で難波駅 - 三日市町駅間系統の急行を新設することになったものの、従来からの方向幕には「急|三日市町」の表示が入っていなかったためである。 特急は南海本線の「」とは異なり全車両座席指定であり、通常ダイヤにおいて通勤型車両を用いる全車両自由席の特急や「サザン」のような一部座席指定列車は存在しない。 運行本数 [ ] 日中の1時間ごとの運行本数の平均的なパターンは以下のとおりである。 日中の運行パターン 種別\駅名 難波 … 中百舌鳥 … 金剛 … 千代田 … 河内長野 … 三日市町 … 林間田園都市 … 橋本 … 極楽橋 運行本数 特急こうや 0 - 1本 快速急行・急行 2本 0 - 1本 区間急行 1本 1本 0 - 1本 4本 泉北線直通 準急行 2本 各駅停車 2本 0 - 1本 2本 0 - 2本 2本 列車種別 [ ] 以下に特急以外の種別の運行概況を示す。 特急「」「」および「」については当該項目を参照のこと。 また各種別の現行の停車駅は下図および「」を参照。 による快速急行(帝塚山駅 - 住吉東駅間) 日中の大部分と下りのみ平日夕方ラッシュ時に難波駅 - 橋本駅間、日中の一部列車は難波駅 - 極楽橋駅間で運行されている。 停車駅は千早口駅・天見駅・紀見峠駅を通過するほかは急行と同じである。 河内長野駅 - 橋本駅間の各駅のうち特に利用客数が少ない前述の3駅を通過することで遠距離のスピードアップを狙うべく2003年5月31日に登場した。 難波駅 - 極楽橋駅間の直通列車は橋本駅で作業を行う。 上下列車とも行き先駅まで原則先着する。 難波駅 - 橋本駅間の列車は下りの一部をのぞき、橋本駅で高野山方面発着列車と接続する。 平日夕方の難波発橋本行きの列車は2008年11月1日にJR和歌山線との接続を考慮して下り急行2本(現在は1本のみ)を格上げして設定されたもので、すべて4扉大型車両8両編成で運行される。 2013年10月26日のダイヤ変更で難波駅 - 極楽橋駅間の列車は大幅に削減され、特に土曜・休日ダイヤで下りはすべて橋本止まりとなった。 また2008年10月31日まで、平日ダイヤに橋本駅 - 極楽橋駅間でワンマン運転を行う難波発極楽橋行き快速急行もあり、その車両側の種別幕は「快急」と「ワンマン」の二段表記となっていた。 なお、この快速急行の前部の極楽橋行き車両は2300系2両で運行されていたが、ダイヤ変更後最初の平日ダイヤ実施日となる11月4日からは、再び2000系4両に戻され、併せて難波から橋本を跨いで運行する料金不要列車はすべて2000系に再び統一された。 快速急行は初代が1958年に登場したがには一度急行に統合されて消滅しており、35年ぶりに復活したことになる。 その当時の停車駅は新今宮駅(から)・堺東駅・北野田駅と河内長野駅以南の各駅だった。 なお初代快速急行は日本で初めての「快速急行」と名乗る種別であった。 急行 [ ] による急行(2019年11月22日) 難波駅 - 三日市町駅・林間田園都市駅・橋本駅・極楽橋駅間で運行されている。 2005年10月16日の改正で極楽橋方面への列車は系統分割が行なわれ基本的に橋本駅折り返しとなった。 難波駅 - 林間田園都市駅・橋本駅間の列車が中心で極楽橋駅発着は一部のみである。 橋本駅で橋本駅 - 高野下駅・極楽橋駅間に運行されるの各駅停車やJRに接続している。 なお難波駅 - 極楽橋駅間の直通列車は早朝時間帯を除いて快速急行同様に橋本駅で増解結作業を行う。 前節の快速急行と同様に上下列車とも行き先駅まで原則先着するが、時間帯によっては河内長野駅で特急に追い抜かれる列車もある。 2000年のダイヤ改正までは橋本駅で特急に追い抜かれる列車もあった。 平日に残されていた難波発の高野下行きは2015年のダイヤ改正で廃止された。 2000年12月23日のダイヤ改正前の急行はズームカーで運行される難波駅 - 極楽橋駅間直通の列車が中心で難波駅の発車時刻が原則として0分・30分だった。 それゆえ特に深夜の下り急行に関しては激しい混雑が常態化していた。 現行のダイヤでは大半が大型車両に置き換えられたが、ズームカーの運用はまだ残っていて、早朝には難波駅 - 橋本駅・極楽橋駅間の急行において4両編成で運行される列車が残っている。 また日中以降でも難波駅 - 河内長野・橋本方面の系統の優等列車(急行・区間急行)を中心に6・8両で運用されている。 朝ラッシュ時、橋本駅・林間田園都市駅を始発駅とするズームカーを除く8両編成で運転する上り列車は、橋本駅 - 天下茶屋駅間で、難波寄りから4両目をとしている。 なお、橋本駅で極楽橋行(高野下行)の列車と接続する場合は「高野山・極楽橋(高野下)連絡、急行 橋本行」となり、接続のない急行橋本行とは明確に区別されている。 自動放送もこの表現で統一されているが、難波駅のみこの表現が用いられず、「橋本で高野山極楽橋行(高野下行)に接続します」と放送される。 のダイヤ変更からは、にも小ぶりながら「高野山連絡(高野下連絡)」の表記が追記され、より区別が明確になっている。 さらにこれに合わせて主要駅に備え付けの時刻表では本来のスペースに加え、直通列車のほか橋本駅で極楽橋行への接続がある列車用の時刻表(いわゆる「高野山極楽橋行専用時刻表」のこと)も別に掲載されるようになり、利便性が増した。 加えて、2008年10月31日まで極楽橋駅 - 橋本駅間でワンマン運転を行う極楽橋発難波行き急行もあり、その車両側の種別幕は「急行」と「ワンマン」の二段表記となっていた。 までは、現在の急行は「快速急行」として運行され、これとはまた別に住吉東駅・三国ヶ丘駅・初芝駅にも停車する急行が設定されていた。 現行ダイヤでは河内長野駅以南で各駅に停車するにもかかわらず難波駅 - 橋本駅間を快速急行と同じ所要時間(48分)で運行される列車もある。 区間急行 [ ] による区間急行(帝塚山駅 - 住吉東駅間) 難波駅 - 河内長野駅・三日市町駅・林間田園都市駅間で運行されているほか、泉北高速鉄道に直通する難波駅 - 間の列車も運行されている(詳しくは「」も参照)。 夕方・夜間の下りにおいては一部の列車が河内長野駅で特急に追い抜かれることがある。 原則として快速急行や急行と同様に、上下列車とも行き先駅まで原則先着する。 河内長野・三日市町・林間田園都市方面は2000年12月23日の改正で朝・夜のみの運転となっていたが、2005年10月16日の改正で再び終日運転となった。 2013年10月26日のダイヤ変更で日中の1時間の運転本数が2本から3本に増便された(河内長野・三日市町・林間田園都市行きが1本ずつ)。 2015年12月5日のダイヤ改正では平日朝上りのみの運転だった泉北高速線直通列車が毎日日中に毎時上下2本設定された一方、高野線系統の列車が日中は再度毎時上下2本に減便されているほか、平日夕方以降も上り列車の大半が急行に格上げされている。 2017年8月26日のダイヤ改正では、日中の泉北高速線直通の各駅停車を置き換える形で泉北高速線直通列車が毎時上下4本になったが、夕方以降の泉北高速線直通列車は上下ともに準急行に置き換えられた。 2015年12月5日のダイヤ改正から区間急行も平日の朝ラッシュ時に女性専用車両が導入されている(泉北高速線直通列車を含む)。 種別幕の色は緑色である。 しかも白地に黒文字の旧幕(英字なし)のまま実施された。 なお、区間急行は関西国際空港開港前は高野線のみの種別であった。 1999年11月11日には、縁起の良い"11づくし"という南海独自の企画で、難波を11時11分に出発する列車に「平成11年11月11日 11時11分 難波駅発車」と記した記念のヘッドマークを掲げ、林間田園都市駅まで1往復した。 かつての泉北高速鉄道直通列車では10両編成運転が多数あったが、乗客減により減少し、2012年11月23日の泉北高速線のダイヤ変更で消滅した。 準急 [ ] による準急(住吉東駅付近) 難波駅から主に泉北高速鉄道直通列車として終日運行されている。 そのほか河内長野方面には平日朝の河内長野駅・千代田駅を始発駅とする難波行き上り列車と、2013年10月26日のダイヤ改正より平日深夜に難波発三日市町行きの下り列車が設定されている。 河内長野方面からの列車は減少傾向にあり、2015年12月5日改正前までは三日市町始発難波行きの列車も運転されていた。 昼間は6両編成で運転される列車が多いが、夕方ラッシュ時以降は8両編成で運転される列車が大半となり、半分以上が泉北車での運用となる。 土休日ダイヤは6両編成が多いが朝晩を中心に一部の列車が8両編成で運転されている。 一時は平日朝ラッシュ時に10両編成運転が多数あったが、乗客減により減少し、2013年7月22日の泉北高速線の列車編成両数変更 で消滅、これにより南海の10両編成列車は全廃された。 大半は途中で上位列車を待避することなく終点まで先着するが、2017年8月26日改正ダイヤでは、堺東駅で特急「泉北ライナー」の通過待ちをする泉北高速鉄道線直通列車が平日に下り2本・上り1本、土休日に下り4本設定されている。 河内長野方面については上り列車は北野田駅・白鷺駅で後続の急行の待避を行なう。 なお、平日深夜の難波発三日市町行きは終点まで先着する(住吉東駅での各駅停車の追い抜きや中百舌鳥駅での泉北高速鉄道線との接続も行なわれていない)。 かつては大運転の準急行としてごく一部にズームカーを使用しての極楽橋駅発着も設定されていたが、1964年のダイヤ改正で廃止されている。 また高野線からの泉北高速鉄道線直通列車は和泉中央駅が開設されるまで光明池行きが運行されており、和泉中央駅開業後も運行していたが、2013年のダイヤ改正ですべて和泉中央行きになった。 案内放送では「準急行」であるが、時刻表や案内板の表記は「 準急」である。 自動放送更新前の泉北高速鉄道線内各駅における自動放送では「準急」と案内されていた。 各駅停車 [ ] による各駅停車(天下茶屋駅付近) 難波駅 - 堺東駅・北野田駅・金剛駅・千代田駅・河内長野駅・三日市町駅・林間田園都市駅・橋本駅間で運行されているが、大半が難波駅 - 金剛駅・河内長野駅・三日市町駅間の運転で、堺東駅発着は始発難波行き・最終堺東行きのみ、北野田駅発着は平日朝のみ、ほかも一部のみとなっている。 このほか河内長野駅 - 橋本駅間、橋本駅 - 高野下駅・極楽橋駅間にも運行されている。 昼間以降、難波駅 - 河内長野駅間(一部は三日市町駅まで)の運転にほぼ統一されていた時期もあったが、一部の急行が区間急行に格下げされた関係で金剛駅・千代田駅発着の列車も増えている。 泉北高速線直通列車が昼間時間帯(始発駅基準で12時から15時まで)と、平日深夜に和泉中央発難波行きが1本運行されていたが、2017年8月26日のダイヤ改正で全廃され、泉北高速線直通列車はすべて優等列車のみとなった。 6両編成での運転が基本だが、2005年10月16日の改正で十数年ぶりに昼間の大型車両での4両編成運転が復活し、昼間はほとんど4両編成での運転となっていたが、2017年8月26日のダイヤ改正で昼間数往復を除き6両編成での運転が再び多数を占めるようになった。 2012年11月から2013年10月26日までは夜間にも4両編成の列車が運行されていた。 一方で河内長野駅 - 橋本駅間運転の一部列車や泉北高速線内のみで完結する列車は8両編成もある。 橋本駅 - 高野下駅・極楽橋駅間の系統のうち、2両編成の列車はワンマン運転(4両編成には車掌乗務)である。 なおワンマン対応車両はのみ。 橋本駅で難波駅 - 橋本駅間の急行と相互接続を行いホームの高野山寄りから発車する。 案内放送では「各駅停車」であるが、時刻表や案内板の表記は「 各停」である。 1970年11月23日に岸ノ里駅の難波直通列車ホームが使用開始されるまでは、難波駅発着列車は堺東駅折り返しの列車が「各駅停車」(ただし岸ノ里駅は配線上の都合で通過)として、堺東より南の北野田・河内長野方面に直通する列車が今宮戎駅・萩ノ茶屋駅・岸ノ里駅を通過する「普通」として運行されていた。 また、汐見橋駅発の列車も「各駅停車」として住吉東駅まで運行されていた。 南海本線にも高野線の列車が走行する難波駅 - 岸ノ里駅間の複々線の東側2線を走行して今宮戎駅・萩ノ茶屋駅にも停車する「各駅停車」が難波駅 - 住吉公園駅(現在の住吉大社駅)間で運行され、両線で「普通」と「各駅停車」が共存していた。 先頭車両に掲出されていた行先を示す標識板は、高野線の難波駅発着の各駅停車が正方形で「難波 堺東(上段に縦書)・各駅停車(下段に横書)」、普通が丸形(高野線の普通廃止後は各駅停車も丸形)、汐見橋駅発着の各駅停車と南海本線の「各駅停車」は長方形であった。 観光列車「天空」 [ ] 橋本駅 - 極楽橋駅間に運行される展望列車。 列車種別は当初「臨時」であったが、2017年8月改正ダイヤでは特急列車に編入されている。 種別幕には天空専用のロゴが表示されるが、駅で配布される冊子型の時刻表の列車種別欄には「特急」の表示がある。 途中停車駅は学文路駅・九度山駅のみ。 3月から11月は水曜・木曜をのぞく毎日運転、12月から2月は土曜・休日のみ運転。 運行回数は1日2往復。 3月から11月の土曜・休日はさらに1往復運転される。 編成は極楽橋寄りに2両、橋本寄りに自由席車の2300系または2000系2両を連結した4両編成。 自由席車は乗車券だけで利用出来るが、展望車については座席指定料金(おとな510円、こども260円)が必要。 なお、車両検査時は代用できる車両がないため運休する。 指定席券については南海の「天空予約センター」で電話予約の上、乗車当日に引き渡しとなる。 予約は乗車日の10日前に受付を開始する。 空席があれば当日窓口でも受付が可能である。 南海が推進する「こうや花鉄道プロジェクト」の一環として導入されることとなり、2008年9月から10月に愛称を一般公募し、同年12月15日にこの愛称と2009年7月3日の運行開始が発表された。 運行開始に先立ち、2009年4月29日 - 6月20日の間の土曜・休日に7回、ほぼ本運行のものと同様のダイヤでプレ運行が実施されている。 (橋本駅) 汐見橋駅 - 岸里玉出駅間 [ ] 汐見橋線とも呼ばれるこの区間では、以前は日中15 - 20分間隔で運行されていたが、2018年現在は平日も土曜・休日も同ダイヤの30分間隔(夜間は35 - 40分間隔)で運行されており、これは大阪市内で最も本数が少ない。 2000年12月23日からは終日ワンマン運転を行っている。 は6時前後(岸里玉出発5時55分、汐見橋発6時10分)と遅く、は22時台と早い(岸里玉出発22時25分、汐見橋発22時45分)。 複線区間であるが、2008年11月時点のダイヤでは終日2両1編成のみで運用されており、汐見橋線内での上下列車の行き違いはない。 南海本線の支線と同様に上下列車とも先発先着である。 岸里玉出駅における接続は、15分間隔で運転している南海本線普通との接続時分はほぼ一定しているものの、7 - 16分間隔の高野線各停とは接続時分にバラつきがある。 1985年以前は、高野線岸ノ里駅以南と線路がつながっており、出入庫のためや発着の列車も存在(ただし、1970年改正以降は早朝・深夜の出入庫列車および臨時列車が時折運転される程度に激減)した。 しかし線路が分断された後は、汐見橋線から高野線帝塚山方面へ直通は不可能となったため、岸里玉出駅 - 汐見橋駅間の運転のみとなり完全に支線運用扱いとなった(のちに設定されたでも、岸里玉出駅からの枝番となっている)。 汐見橋駅では・のと徒歩接続しているが、両線とのの設定はない。 なお、阪神の桜川駅は南海汐見橋駅の真下に駅が設置されており、計画段階では汐見橋駅を名乗る予定であったが、乗降客数の多い千日前線に駅名を合わせた。 南海本線とは高野線分断前から線路がつながっており、車両は南海線住ノ江検車区所属のが充当されている。 ただしこの区間は高野線分断後も高野線の一部として扱われており、乗務員も高野線側が担当し、列車種別も「普通」ではなく「各停」としている。 高野線本体と分断される1985年以前は、高野線所属の主にステンレスカー2両編成で運行されていた。 1985年から1995年までは南海本線の他の支線と同様にが使われた。 1995年の2200系・2230系化により、南海本線所属ではあるものの、再び高野線出自の車両に戻ったことになる。 臨時列車 [ ] 1990年代前半までは学校の期間中、・など沿線にある公立小学校児童の高野山団体輸送用として、・による専用の臨時列車が多数運行されていたが、1990年代後半以降、少子化や林間学校の目的地の多様化、貸切バス利用への転移などによって高野線を利用する林間学校の小学生の団体は大幅に減少したため、現在は小学生団体専用の極楽橋直通臨時列車はほとんど見られなくなっている。 お盆期間 [ ] 期間における高野山への参拝客・観光客・墓参り客への対応については、特急は「こうや」とは別に、一般車(近年は2000系の4両編成が多く、2300系が連結されることもある)の自由席特急が運行される場合がある。 停車駅は「こうや」と同じだが、全車自由席のためは必要ない。 ただ、お盆期間の平日はほかの関西私鉄とは異なり平日ダイヤによる運転となっている。 なお、お盆以外にも特急用車両の事故や故障などの緊急時に、一般車による自由席特急が代走することもある。 このほか、橋本駅 - 高野下駅間の各駅停車が高野下駅 - 極楽橋駅間を延長運行したり、橋本駅始発の急行に接続する形で極楽橋駅 - 橋本駅間の臨時列車が運行されたりする。 高野下駅 - 極楽橋駅間はノンストップとなる列車もあり、この場合方向幕は「臨時」が表示される。 また、橋本駅 - 極楽橋駅間運転の自由席特急が増発される場合もある。 この特急は全線通しの特急と停車駅が異なり、途中学文路駅と九度山駅に停車する(即ち「天空」と同じ停車駅で運転される)。 また、高野下駅 - 極楽橋駅間をノンストップで走る列車は、全区間で「臨時」幕を出すこともある。 PL花火芸術開催時 [ ] 毎年8月1日の「」開催時には、やが花火会場への最寄り駅となるため、一部列車の編成両数、発着時刻、待避駅の変更や臨時列車の運行が行われる。 具体的には花火終了後、上り急行が大阪狭山市駅に臨時停車し、発の準急・区急難波行き臨時列車が数本程度運行される。 前者は2014年度より利用状況に応じて行われるようになり、2017年度から事前に告知されるようになった。 2015年度まで、花火開始前と終了後に運行している4両編成の一部各停が6両編成に増車されていた。 また、花火開始前には難波発準急河内長野・三日市町行きが2008年度まで運行されていた。 2008年度以降、下りの臨時列車は運行されていなかったが、2018年度に難波発準急河内長野行きが1本運行された。 年末年始 [ ] 毎年から早朝にかけてが行われている。 各駅停車のみの運転で、全列車中百舌鳥駅で泉北高速鉄道の列車と接続する。 2009年までの元日早朝は難波駅 - 河内長野駅間のみにおいて40分間隔で運行されていたが、2010年から元日早朝は難波駅 - 北野田駅間のみにおいて40 - 60分間隔で終夜運転、北野田駅 - 河内長野駅間は午前2時台までの運転となる。 河内長野駅 - 極楽橋駅間と汐見橋線は終夜運転を行わない。 高野山開創1200年記念大法会関連 [ ] からにかけては「 高野山開創1200年記念大法会」が執り行われるため、概ね以下のような臨時ダイヤ・編成両数変更が策定された。 当該期間中の平日は橋本駅 - 極楽橋駅間で各停下り1本と特急上り1本を臨時に運転するほか、橋本駅 - 高野下駅間折り返し各停上下計6本を極楽橋駅まで延長運転(ただし高野下駅 - 極楽橋駅間は途中無停車)。 通常、3月から11月まで水・木曜日は運休している「天空」を当該期間中の毎週木曜日に2往復臨時運転。 橋本駅 - 極楽橋駅間折り返し各停を、昼間時間帯を中心に2両編成から4両編成に増結。 これら臨時列車の発着に合わせて、極楽橋駅 - 高野山駅間でを増発。 使用車両 [ ] 4扉の大型車両については1992年に1000系が導入されて以来、高野線に新型車両が投入されていなかった(1000系以降は南海線・高野線共通仕様という考え方を取り入れたため、一部が高野線配属となった )。 これは高野線の車両と比較して、7000系・7100系など南海線車両の老朽化が塩害などでより進行していることや、関西国際空港の需要が拡大していることにより、同線への新型車両導入を優先させているためである。 ただし、接客サービス向上や省エネルギー推進のため6200系や8200系でへの更新を進めている(この更新により8200系は6200系50番台となった)。 また、1962年に登場した6000系の置き換えのため、2019年11月より高野線仕様の8300系が運行を開始した。 南下とともに山岳路線へと変化するため、南海線に比べ制約が多い。 20m級の大型車両(11000系・6000系・8300系など)は橋本駅以南へ入線できない。 かつては河内長野が20m車両の南限で、1963年に三日市町まで入線可能になった。 さらに複線化に合わせて1984年に林間田園都市まで、1987年に橋本までの乗り入れが可能となった。 また同じ20m級の大型車両でも南海線専用車両や泉北高速線所属車両は三日市町駅以南へ入線しない。 に開業した泉北高速線の所属車両による高野線運用も三日市町まで設定されていたが、その先へ乗り入れることなく、のダイヤ改正以降は相互直通区間となる難波駅 - 中百舌鳥駅間の運用となった。 南海線所属車両のうち1000系以降の車両は南海線・高野線共通仕様とされ、などの設備が落成当初より準備または設置されている。 これにより50000系や12000系などがイベント時に入線することが可能となった。 なお、やなどの南海線専用車両の一部は、性能確認試運転と廃車回送時に限って三日市町駅より南の小原田検車区まで入線している。 南海本線との共通事項については「」を参照• 難波駅 - 極楽橋駅間では、特急以外は中百舌鳥駅(各駅停車のみ)または橋本駅で乗務員交替が行われ、特急は始発駅から終着駅まで通しで乗務する。 の直通列車は中百舌鳥駅で乗務員交替が行われる(泉北高速線直通の区間急行は中百舌鳥駅を通過するため、2015年12月まではで乗務員交替を行っていたが、区間急行の増発と「泉北ライナー」の運行開始に伴い、まで通し乗務するように変更となっている)。 泉北高速鉄道が南海電鉄に業務を委託していた時代は南海の乗務員が通しで乗務していた。 汐見橋線では、高野線難波支区に所属する専門系統(支線系統)の乗務員が乗務する。 高野線において全席指定の運転士は希望調査の上決定され、特急乗務員になると「特急系統」と呼ばれる専用乗務行路が与えられ、同時に所属も高野線列車区難波支区となる。 また、全席指定の特急には業務委託先の「アバン」に所属する女性車掌が乗務し、8両編成の特急には女性のパッセンジャーズ・アテンダント PA も乗務する。 橋本駅 - 極楽橋駅間では、高野下駅以南の連続急勾配区間における特殊な運転技術や異常時対処方などが要求されることから、高野線列車区橋本支区の専門乗務行路が組まれ、ワンマン列車も運行されていることから一部行路で「乗組制」が敷かれていない。 なお過去には高野下駅折り返しの急行において、一般系統行路担当乗務員が難波駅 - 高野下駅間を通しで担当する場合があった。 橋本駅では、難波方面行き電車は通常4番線に入線するが、の都合上5番線に入線する時は電鈴1打の合図を車掌に対して行う。 この合図に対する車掌の返事も電鈴1打または2打である。 なお、下古沢駅 - 紀伊神谷駅間でも、出発前に車掌に対して電鈴1打による閉扉良しの合図を送る。 到着後、車掌が降車側の扉を開ける。 その後運転士はの切り換えを行い、切り換え完了後乗車側の扉を開扉し、車掌に対して電鈴で合図を送る。 合図を受けた車掌は車掌スイッチが作動しないことを確認した後、電鈴で合図を送る。 そして降車側扉は運転士によって閉扉される(南海本線では降車側扉の閉扉は車掌が行う)。 運転士は指定された駅において、乗降客確認のための後方監視を行う(ただし任意で他の駅でも後方監視を行う場合がある)。 九度山駅 - 極楽橋駅間では、が連続する区間であるため、昼間でもを閉めることがある。 始発駅から乗務する際、ヘッドライトの点灯確認を行う。 なおヘッドライトは昼間時も含めて常時点灯である。 歴史 [ ] ズームカー (天見、1994年) からに沿ってを目指し、 高野鉄道が1898年に大小路駅(現在の堺東駅) - 狭山駅間を開業。 その後、長野駅(現在の河内長野駅)まで延びた。 当初の計画では大小路駅から南海鉄道のに接続する予定だったが、やへの参詣客が見込めることから方針を転換。 大小路駅から北上して住吉東駅を起点に狭山・長野方面、さらには橋本への延伸を目論む。 だが高野鉄道の経営は思わしくなく、やを水運の拠点だった口まで輸送することを企図することと 、難波延長は、当時の南海鉄道と並行するため、監督官庁の許可が下りず、道頓堀駅(現在の汐見橋駅)まで延伸して自力で大阪市内へ乗り入れた。 それでも後の不況で業績は好転せず、高野鉄道は長野駅 - 橋本駅間の延伸を断念。 終にはの出資によって設立された 高野登山鉄道が事業を継承して、路線延長が図られることになった(この時に高野登山鉄道の現地支配人として根津によって送り込まれたのが、のちにを開業するである)。 高野登山鉄道は、1915年に汐見橋駅 - 橋本駅間を開通させ 大阪高野鉄道と社名変更。 その後、が保有していた橋本 - 高野山大門間の免許を買収し、 高野大師鉄道を設立して、このうち橋本 - 椎出(高野下)間の工事を着工する。 1922年に大阪高野鉄道・高野大師鉄道はともに南海鉄道と合併し、高野大師鉄道によって着手していた橋本駅 - 高野山駅(現在の高野下駅)間は1925年に開通した。 だが南海鉄道との合併の際に、椎出(高野下)以南の免許は和歌山水力電気に返還。 さらに和歌山水力電気もに買収され、結局南海は別会社として を設立。 京阪から路線免許を再度買収の上で建設し、1928年高野下駅 - 神谷駅(現在の紀伊神谷駅)間が開業、翌年極楽橋駅まで開業し全通した。 南海鉄道は1944年にに合併しとなったが、この高野山電気鉄道は戦後、南海が分離独立する際の受け皿会社となった。 1960年代ごろから沿線の宅地開発が進み、南海も住宅地やを建設する。 その通勤輸送増加に対応するため、列車編成増強や河内長野駅以南の線路改良を進め、1995年には橋本駅までの複線化を完成させた。 この結果、1980年代前半までは三日市町駅以北に限られていた20m級車体の大型車両の運行区間が、1984年に林間田園都市まで、1995年には橋本駅まで延長された。 なお、全通当初の路線距離は汐見橋駅 - 極楽橋駅間で65. 1kmであったが、河内長野駅 - 橋本駅間の線路改良で、1995年に河内長野駅 - 極楽橋駅間で0. 6km短縮されている。 一方、事実上支線化された汐見橋駅 - 岸里玉出駅間(汐見橋線)は乗客が減少し減便されながらも存続してきた。 構想が持ち上がって以降は、汐見橋線はその接続路線という意味でも注目されていた。 しかし、なにわ筋線計画は高額の建設費がネックとなって長らく建設の事業主体が決まらず頓挫した状態にあり、しかも、2009年4月に地元首長や経済界・鉄道会社幹部が集まって開かれた「関西活性化に向けた今後の鉄道ネットワークのあり方に関する懇談会」では「建設が必要」という意見で一致しものの、同時に起点を難波駅とする意見も示されており、仮になにわ筋線の着工が決まっても汐見橋線が利用されるかどうかは流動的な情勢となっていた。 さらに、2011年に発表された国土交通省近畿運輸局の調査結果では、汐見橋駅接続では黒字化が望めないのに対し、難波駅接続では最短で24年目に黒字化が望めるとして、難波駅接続ルートが有力とされた。 2012年には近畿運輸局の検討会で難波ルートとすることで合意され 、2019年7月には北梅田 - 新難波 - 新今宮の経路で事業許可が下り 、汐見橋ルートは完全に潰えた。 年表 [ ]• (31年)• :高野鉄道により大小路駅(現在の堺東駅) - 狭山駅間が開業。 :狭山駅 - 長野駅(現在の河内長野駅)間が開業。 (明治33年)• :道頓堀駅(現在の汐見橋駅) - 大小路駅間が開業。 :(臨)百舌鳥駅(現在の百舌鳥八幡駅)が開業。 9月8日:大小路駅を堺駅に改称の旨届出があったと官報掲載。 9月11日:住吉駅を住吉東駅に、堺駅を堺東駅に改称の旨届出があったと官報掲載。 (明治34年):道頓堀駅を汐見橋駅に改称。 (明治35年)1月1日:(臨)我孫子駅(のちの若宮駅)が開業。 (明治36年):勝間駅を阿部野駅(現在の岸里玉出駅)に改称。 (明治40年):高野鉄道が事業一切を高野登山鉄道に譲渡。 (明治45年)• 同年ごろ:百舌鳥貨物駅廃止。 :我孫子駅を若宮駅に改称届出。 1912年(元年)• :汐見橋駅 - 長野駅(現在の河内長野駅)間が600V電化。 我孫子前駅・中百舌鳥駅・萩原天神駅が開業。 11月15日:芦原町駅が開業。 (大正2年)• :津守駅が開業。 :河内半田駅 - 滝谷駅間に貨物駅として第一半田駅が開業(1927年 - 1930年ごろ廃止)。 :第一半田駅 - 滝谷駅間に貨物駅として第二半田駅が開業(1927年 - 1930年ごろ廃止)。 :百舌鳥駅を百舌鳥八幡駅に改称の旨届出があったと官報掲載。 (大正3年)• :狭山駅 - 滝谷駅間の池尻信号所廃止届出。 :北野田駅が開業。 :長野駅 - 三日市町駅間が開業。 以降当初から電化。 (大正4年)• :(通称「紀見峠トンネル」、現在の天見駅 - 紀見峠駅間上り線)開通。 三日市町駅 - 橋本駅間が開業。 4月2日:高野辻駅 - 橋本駅間に(臨)橋本町駅開業。 同年限りで廃止。 :高野登山鉄道が大阪高野鉄道に社名変更。 :浅香山駅が開業。 :橋本駅 - (妻信号所) - (貨)紀ノ川口駅間が開業。 :西天下茶屋駅が開業。 (大正6年)• :河内半田駅(現在の大阪狭山市駅)が開業。 :住吉東駅 - 我孫子前駅間の(臨)若宮駅が廃止。 10月1日:高野辻駅 - 橋本駅間に(臨)市脇山駅開業。 1918年まで開設。 (大正11年):南海鉄道が大阪高野鉄道を合併。 高野線になる。 (大正12年)• 4月21日:高野辻駅を御幸辻駅に改称。 :汐見橋駅 - 橋本駅間で40分ごとに運転(大運転列車)。 (大正13年)• :住吉東駅 - 我孫子前駅間が複線化。 :阿部野駅 - 住吉東駅間が複線化。 10月26日:汐見橋駅 - 木津川駅間が複線化。 :妻信号所 - 学文路駅間が開業。 橋本駅 - 紀ノ川口駅間に妻信号所が開設。 :学文路駅 - 九度山駅間が開業。 (大正14年)• 2月1日:阿部野駅を岸ノ里駅(現在の岸里玉出駅)に改称。 :岸ノ里駅に南海本線との東連絡線開設。 難波駅乗り入れ開始。 難波直通列車はホームがないため岸ノ里駅を通過。 清水駅が開業。 :清水駅を紀伊清水駅に改称。 :高野山電気鉄道設立。 :我孫子前駅 - 堺東駅間が複線化。 :九度山駅 - 高野山駅(現在の高野下駅)間が開業。 :高野山駅を高野下駅に改称。 (大正15年):西天下茶屋駅 - 岸ノ里駅間および、岸ノ里駅東連絡線が複線化。 西連絡線が開設。 (2年):妻信号所 - 紀ノ川口駅間に(貨)紀伊河瀬駅が開業。 (昭和3年)• :高野山電気鉄道が高野下駅 - 神谷駅(現在の紀伊神谷駅)間が開業。 1500V電化。 6月22日:堺東駅 - 西村駅間が複線化。 (昭和4年)• 2月21日:高野山電気鉄道の神谷駅 - 極楽橋駅間が開業し全通。 10月10日:西村駅 - 北野田駅間が複線化。 11月1日:高野線全列車難波駅より発着開始。 汐見橋駅 - 岸ノ里駅が事実上支線化。 汐見橋駅発着列車は住吉東駅(出入庫列車は堺東駅)発着になる。 (昭和5年)• :細川駅を紀伊細川駅に、神谷駅を紀伊神谷駅に改称。 :木津川駅 - 西天下茶屋駅間、北野田駅 - 狭山駅間が複線化。 :(極楽橋駅 - 間)が開業し高野山上までの鉄道のみでのルートが完成。 (昭和7年):高野山電気鉄道が600Vに降圧し、南海高野線と相互直通運転開始。 (昭和9年):帝塚山駅が開業。 (昭和10年)8月1日:西村駅を初芝駅に改称。 (昭和12年):狭山駅 - 金剛駅間が複線化。 金剛駅が開業。 (昭和13年):金剛駅 - 長野駅間が複線化。 千代田駅が開業。 (昭和17年):沢ノ町駅・三国ヶ丘駅が開業。 (昭和19年)• :関西急行鉄道と南海鉄道が合併、近畿日本鉄道となる。 9月3日:高野山電気鉄道紀伊細川駅 - 上古沢駅間で極楽橋行き電車が床下から火を噴き、停車して点検中に勾配を下り始めカーブで脱線転覆大破。 71名死亡。 :萩原天神駅で100m以上オーバーランした長野発難波行き各駅停車がホームまで戻ったところへ定刻より約10分遅れで同駅通過の三日市町発難波行き急行が追突、通勤通学客で満員の両電車大破。 5名死亡。 (昭和20年)• :難波駅乗り入れ休止、全列車が汐見橋駅発着となる。 :汐見橋発橋本行き電車が速度超過により紀見峠駅の安全側線を越えて脱線転覆。 27名死亡。 (昭和21年):難波駅乗り入れ再開。 (昭和22年)• 3月15日:高野山電気鉄道が南海電気鉄道に社名変更。 6月1日:近畿日本鉄道が旧・南海鉄道の路線を南海電気鉄道に譲渡。 (昭和24年)7月30日:中百舌鳥駅 - 初芝駅間に(臨)中百舌鳥運動場前駅が開業。 (昭和25年)4月1日:河内半田駅を狭山遊園前駅に改称。 (昭和26年):特急「こうや号」が運転開始。 (昭和29年)4月1日:長野駅を河内長野駅に改称。 (昭和32年)6月29日:三日市町駅 - 千早口駅間に加賀田信号所が開設。 (昭和33年)• 5月10日:(臨)中百舌鳥運動場前駅が廃止。 8月1日:ズームカー21000系が運転開始。 (昭和34年):妻信号所 - 紀ノ川口駅間が廃止。 橋本駅 - 紀伊清水駅間の妻信号所が廃止。 (昭和36年)7月5日:特急「こうや号」で20000系が運転開始。 (昭和39年)• :紀見峠駅 - 御幸辻駅間が一部複線化。 同区間に橋谷信号所が開設。 :白鷺駅が開業。 (昭和41年)3月1日:千代田駅 - 河内長野駅間に千代田信号所が開設。 (昭和43年):天下茶屋駅構内で南海本線春木発難波行き急行が信号を冒進し堺東行き下り回送列車に正面衝突。 296名負傷()。 (昭和44年)11月1日:朝夕の通勤時間帯における大運転急行2往復に対し、河内長野駅で2両増結運転開始。 (昭和45年):岸ノ里駅に難波駅直通列車用ホーム設置。 (昭和46年)4月1日:泉北高速鉄道と相互直通運転開始。 (昭和48年):架線電圧を1500Vに昇圧。 (昭和49年):河内長野駅 - 三日市町駅間が複線化。 大運転急行の増結・解放を河内長野駅から三日市町駅に変更。 (昭和51年)4月4日:天見駅 - 紀見峠駅間下り線の「」(通称「紀見峠トンネル」)が竣工。 (昭和54年)• :天見駅 - 紀見峠駅間が複線化。 :大運転急行のうち、朝通勤時の2往復を難波駅 - 三日市町駅間で4両増結の8両編成で運転開始。 (昭和56年):林間田園都市駅が開業。 (昭和58年)• :千早口駅 - 天見駅間、紀見峠駅 - 御幸辻駅間が複線化。 橋谷信号所が廃止。 :特急「こうや号」で30000系運転開始、「こうや号」の2往復が通年運転となる。 河内長野駅に全列車が停車するようになる。 :三日市町駅 - 千早口駅間の複線化工事に伴い、新線に加賀田信号所を移転。 (昭和59年)• :三日市町駅 - 千早口駅間が複線化。 加賀田信号所が廃止。 3月11日:朝ラッシュ時に大型車両が林間田園都市駅まで乗り入れ開始。 三日市町駅における大運転急行の増結・解放を昼間(閑散時)にも拡大し、ほぼ終日行われるようになる。 9月1日:美加の台駅が加賀田信号所の跡地に開業。 :20000系がこの日限りで運用終了。 (昭和60年):汐見橋駅 - 岸ノ里駅間(汐見橋線)が岸ノ里駅以南と分断。 朝方上り・夕方下りに難波駅 - 橋本駅間の特急(通称"H特急")を新設。 昼間の区間急行が林間田園都市駅まで乗り入れ開始し、難波駅の発車時刻を10分前倒し。 (2年)• :南海初のVVVF制御車両として2000系(ズームカー)が運転開始。 7月1日:朝方上り・夕方下りの難波駅 - 橋本駅間特急のみ林間田園都市駅にも停車開始。 (平成4年):難波駅 - 橋本駅間特急を「りんかん」と命名。 「こうや号」を「こうや」と改称。 特急車11000系(20m級車両)が運転開始。 大型車両橋本駅まで乗り入れ開始。 金剛駅および林間田園都市駅に全列車が停車するようになる。 (平成5年):岸ノ里駅と南海本線玉出駅が統合され岸里玉出駅となる。 (平成6年):御幸辻駅 - 橋本駅間を新線に切り替え。 (平成7年)• 9月1日:御幸辻駅 - 橋本駅間が複線化。 難波駅 - 橋本駅間に「りんかんサンライン」の愛称を使用開始。 ズームカーによる急行の増結・解放の実施駅が一部をのぞいて三日市町駅から橋本駅に変更。 平日朝ラッシュ時に難波駅 - 河内長野駅間でズームカーの急行10両編成運転開始。 このときの運賃改定で河内長野駅 - 極楽橋駅間の営業キロを0. 6km短縮。 11月1日:南海本線萩ノ茶屋駅 - 岸里玉出駅間の高架化が完成。 東側2線を高架化。 (平成8年):御幸辻駅 - 橋本駅間に小原田信号所開設。 土曜・休日ダイヤ導入。 天下茶屋駅に区間急行・準急の全列車が停車するようになる。 (平成10年):学文路駅構内難波方の付近で発車直後の難波行き急行が脱線。 いわゆる「せり上がり脱線」。 (平成11年)3月1日:特急「こうや」「りんかん」で31000系が運転開始。 (平成12年):狭山遊園前駅を大阪狭山市駅に改称。 難波駅 - 橋本駅間で特急の8両運転開始 、「こうや」「りんかん」の併結運転開始。 日中の区間急行を急行に格上げ。 天下茶屋駅に全列車が停車するようになる。 日中のダイヤが10分・15分間隔の混在型から一律12分間隔となり 、優等列車の増発と各停の運転本数削減。 汐見橋線ワンマン運転開始。 (平成14年)3月28日:紀伊細川駅 - 紀伊神谷駅間でが発生し、走行中の難波行き急行が乗り上げ脱線。 高野下駅 - 極楽橋駅間が運休し、翌日復旧。 (平成15年)• :紀伊細川駅 - 紀伊神谷駅間で土砂崩落が発生し 、走行中の極楽橋行き急行が乗り上げ脱線。 1名負傷。 高野下駅 - 極楽橋駅間が運休し、2月27日部分復旧、3月3日完全復旧。 :日中に快速急行を運転開始。 ズームカーの10両編成運転終了。 平日朝の上り急行で女性専用車両を導入。 (平成17年)• :2300系(ズームカー)が運転開始。 :難波駅 - 極楽橋駅間の急行が系統分割され、一部のぞき橋本駅折り返しになる。 橋本駅 - 極楽橋駅間で2300系によるワンマン運転開始。 特急列車の増発。 区間急行が再び終日運転となる。 (平成19年):浅香山駅北付近の線路上に小型が墜落炎上するが発生し、搭乗員2名が死亡。 電車は通過していなかったが、一時上下線とも運転見合わせとなった。 (平成20年)11月1日:平日夕方にも下り急行2本の格上げで快速急行を設定するとともに、快速急行初の4扉大型車両運転開始。 (平成21年)• 2月6日:紀伊清水駅、学文路駅、九度山駅、高野下駅、下古沢駅、上古沢駅、紀伊細川駅、紀伊神谷駅、極楽橋駅、高野山駅、紀ノ川橋梁、丹生川橋梁、鋼索線が(高野山参詣関連遺産)に指定される。 :「りんかんサンライン」の愛称を事実上廃止。 :2200系を改造した観光列車「天空」を橋本駅 - 極楽橋駅間で運行開始。 7月5日:6100系がこの日限りで運用終了。 (平成23年) - :による大雨の影響で橋本駅 - 紀伊清水駅間の紀ノ川橋梁において線路に歪みが認められたため、同区間の列車の運転を休止し、バスによる代行輸送実施。 特急「こうや」は橋本止まり、観光列車「天空」は全区間運休となった。 (平成24年) - :に対応するため、お盆期間(8月13日-15日)をのぞく平日に通常6両で運行する快速急行4本、急行2本、区間急行6本、各駅停車12本について4両に減車して運行。 (平成25年)• :平日朝の泉北高速鉄道直通の準急10両編成運転終了。 これにより南海での10両編成運転は全廃され、8両が最長編成になる。 :平日深夜に難波発三日市町行き準急を新設。 (平成27年)• :難波駅周辺で発見されたのため、難波駅 - 堺東駅間で一時運転見合わせ。 :朝夕に泉北高速鉄道直通の特急「泉北ライナー」運転開始。 日中のダイヤが15分間隔となり、泉北線直通列車の増発と高野線の運転本数削減。 平日朝の上りに運転される区間急行(高野線・泉北線とも)にも女性専用車両を導入。 堺東行き下り終列車を5分繰り下げ、難波駅24:25発とする。 (平成29年)• :特急「泉北ライナー」を増発。 日中の泉北線直通列車のうち、区間急行を各駅停車の格上げにより増発。 夕方以降の特急以外の泉北線直通列車を準急に統一。 日中の急行と各駅停車の接続駅を堺東駅・金剛駅から朝夕と同じ堺東駅・北野田駅に変更。 :の影響により上古沢駅構内で道床流出が発生し、高野下駅 - 極楽橋駅間が運転見合わせ。 橋本駅 - 高野山駅間で23日からバス代行輸送を実施、地盤調査の結果が発生していると判明。 (平成30年)• :上古沢駅周辺の復旧工事が完了し、高野下駅 - 極楽橋駅間の運行再開。 上古沢駅の設備を下古沢駅に移設。 列車交換設備の移設に伴い、橋本駅 - 極楽橋駅間および鋼索線でダイヤ修正を実施。 (元年):高野線向け8300系が運転開始。 度:浅香山駅 - 堺東駅付近の高架化工事が完了する予定。 駅一覧 [ ] 難波駅 - 岸里玉出駅 - 極楽橋駅間 [ ]• 難波駅 - 天下茶屋駅間の駅と帝塚山駅 - 極楽橋駅間の駅との間の運賃は、天下茶屋駅 - 帝塚山駅間を1. 8kmとして計算する。 例えば難波駅 - 極楽橋駅間63. 8kmの場合は63. 6kmで計算する。 各駅停車は全旅客駅に停車する(表中省略)。 9 - 3. 0 | | | | | NK03 0. 5 - 2. 6 - 1. 9 | | | | | NK05 1. 0 - 0. 9 4. 6 0. 0 | | | | | : ・ NK51 1. 1 5. 7 1. 1 | | | | | NK52 0. 9 6. 6 2. 9 7. 5 2. 9 | | | | | NK54 0. 6 8. 1 3. 5 | | | | | NK55 1. 3 9. 4 4. 8 | | | | | NK56 1. 6 11. 0 6. 5 12. 5 7. 9 13. 4 8. 7 14. 1 9. 0 15. 1 10. 5 16. 6 12. 9 17. 5 12. 8 19. 3 14. 9 20. 2 15. 6 21. 8 17. 1 22. 9 18. 7 24. 6 20. 3 25. 9 21. 6 22. 0 | | | | | NK69 2. 1 28. 0 23. 7 29. 7 25. 6 31. 3 26. 9 33. 2 28. 7 34. 9 30. 7 38. 6 34. 3 39. 9 35. 0 41. 9 37. 8 38. 2 | | | NK77 2. 8 44. 7 40. 1 47. 8 43. 6 50. 4 45. 8 52. 2 47. 0 54. 2 49. 7 55. 9 51. 7 57. 6 53. 0 60. 6 56. 4 63. 0 58. 5 64. 5 59. 通称「 汐見橋線」。 全線に所在。 全列車各駅停車。 線路 … :複線区間、Y:終点(駅構内列車交換不可) 駅番号 駅名 駅間キロ 営業キロ 接続路線 線路 所在地 NK06-5 - 0. 0 阪神電気鉄道: 阪神なんば線(:HS 42) 大阪市高速電気軌道: 千日前線(桜川駅:S15) 浪速区 NK06-4 0. 9 0. 9 西日本旅客鉄道: O 大阪環状線(:JR-O17) NK06-3 0. 7 1. 6 西成区 NK06-2 1. 0 2. 6 NK06-1 1. 0 3. 6 NK06 1. 0 4. 6 南海電気鉄道: 南海本線・ Y 廃駅 [ ] 駅名は最終のもの。 若宮駅(沢ノ町駅 - 我孫子前駅間、1902年1月1日開業、1917年8月1日廃止)• 百舌鳥貨物駅(中百舌鳥駅 - 中百舌鳥運動場前駅間、1912年ごろ廃止 )• 中百舌鳥運動場前駅(百舌鳥貨物駅 - 白鷺駅間、1949年7月30日開業、1958年5月10日廃止)• 第一半田駅(大阪狭山市駅 - 第二半田駅間、1913年4月4日開業、1930年ごろまでに廃止。 貨物駅)• 第二半田駅(第一半田駅 - 金剛駅間、1913年5月10日開業、1930年ごろまでに廃止。 貨物駅)• 市脇山駅(御幸辻駅 - 橋本町駅間、1917年10月1日開業、1918年廃止。 臨時駅)• 橋本町臨時乗降場(市脇山駅 - 橋本駅間、1915年4月2日開業、同年中に廃止。 臨時駅)• 紀ノ川口駅(橋本駅 - 紀伊清水駅間の妻信号所から分岐、1915年9月1日開業、1959年12月20日廃止。 貨物駅) 連続立体交差事業 [ ] 浅香山駅 - 堺東駅付近の区間において(鉄道高架化)の事業化を進める計画がある。 事業主体は堺市で、2020年度に都市計画の決定を行い、2021年度に都市計画事業の認可を取得。 2040年度ごろに高架化工事の完了を予定している。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• このため泉北ライナーは厳密には (線路名称上の)高野線内に停車駅がまったく存在しないことになる。 [ ]のほか、主要駅で配布される「天空」のパンフレット(折りたたみ式)内面にも「同区間のトンネルには1〜23の番号がついている」との記載がそれぞれなされている。 ただし、2000系と1000系は新造当初より英字併記の黒地に白文字の幕である。 駅配布の冊子型時刻表では、2015年12月現在のものは列車種別欄が空欄だったが、2017年8月現在のものは列車種別欄に「特急」とある。 南海全線で最も早く終電を迎えるのは下りで21時13分発である。 2200系・2230系は22000系時代に、夏期に極楽橋直通の林間学校学童臨時列車として、岸ノ里駅以南と線路が繋がっていた頃の汐見橋線に入線したこともある。 また、更新改造を受けずに廃車予定となっていた編成(に譲渡されたものを含む)が、一時的に汐見橋線と南海本線系の支線で運用されたことがあった。 『』1995年12月臨時増刊号 No. 615 227ページでも触れているとおり、南海本線萩ノ茶屋駅(ただし南海本線側に同駅のホームはない) - 粉浜駅間の連続立体化工事着工に際し、岸ノ里駅(現在の岸里玉出駅)における高野線のを撤去する必要が生じ、高野線と汐見橋線を直接行き来することが不可能になったためである。 その後岸里玉出駅への改称前後から、工事進捗に伴い南海本線との行き来が2年間ほど不可能となり(その期間中はレールがどこともつながっていない状態となる)、1995年8月23日の分断解消まで1521系2連3本が閉じ込められていた。 なお高野線のオーバークロスはその後も復旧されず、事実上廃止されている。 椎出(高野下) - 高野山駅間は高野山電気鉄道自身が取得した免許で建設され、京阪から譲り受けた免許は1935年11月7日失効。 森口誠之『鉄道未成線を歩く』JTB、2001年、p. 178および、国土交通省鉄道局『鉄道要覧』(電気車研究会・鉄道図書刊行会)を参照。 このうち快速急行と区間急行を中心に10本がの2扉車で実施し、残りの14本が4扉車で実施した。 また、各駅停車をのぞいて日中に実施し、各駅停車については日中から夜間にかけて実施した。 出典 [ ]• 153• 『 2009年10月号』鉄道ジャーナル社 表紙• 箱根登山鉄道 2009年9月3日. 2018年11月5日閲覧。 南海電気鉄道. 2018年11月4日閲覧。 当時の南海電鉄レジャー部が1995年9月に刊行した「'95 南海時刻表」p. 1に見出しとして掲載。 『鉄道ジャーナル』1995年3月号、p. 149• 当時のの記事による [ ]• 位置は今尾 2008 p. - 南海電気鉄道、2010年2月26日• 刊 復刻版 私鉄の車両23「南海電気鉄道」p. 144 「トンネルと橋梁」の項より。 - 朝日新聞デジタル、2015年11月15日• - 南海電気鉄道、2015年11月9日• 「輸送と運転 近年の動向」『』2008年8月臨時増刊号、電気車研究会、2008年、 32頁。 - 南海電気鉄道(2015年10月8日)、2015年12月5日閲覧• - 泉北高速鉄道、2013年7月1日(時刻の変更なし)• 南海電気鉄道 2017年8月. 2017年9月10日閲覧。 今尾恵介・原武史監修『日本鉄道旅行歴史地図帳』号 関西私鉄、新潮社、2011年、p. - 南海電気鉄道、2017年7月28日閲覧• - 鉄道ファン・railf. jp 鉄道ニュース、2018年8月2日• - 南海電気鉄道 2015年1月28日• 「南海電気鉄道 現有車両プロフィール2008」『』2008年8月臨時増刊号、電気車研究会、2008年、 258-259頁。 jp 鉄道ニュース、2019年11月23日• 大阪府都市開発(編) 『「流れの創造」大阪府都市開発30年のあゆみ』、147頁。 - 南海電気鉄道、2018年2月28日• 藤井信夫 『車両発達史シリーズ 6 南海電気鉄道 下巻』 関西鉄道研究会、1998年12月、62頁。 南海電気鉄道『南海電気鉄道百年史』、1985年、128頁。 南海電気鉄道『南海電気鉄道百年史』、1985年、173-181頁。 産経関西 産経新聞社. 2011年3月25日. の2011年3月26日時点におけるアーカイブ。 2019年7月16日閲覧。 読売新聞 読売新聞社. 2012年3月22日. の2012年3月26日時点におけるアーカイブ。 2019年7月16日閲覧。 レスポンス 2019年7月9日. 2019年7月15日閲覧。 南海電気鉄道『南海電気鉄道百年史』、1985年、658頁。 (国立国会図書館デジタルコレクション)• 『』(鉄道講習会、1914年)では明治33年(1900年)9月7日開業としているが、これ以前にも『鉄道局年報』などに駅名あり(『』)。 37では1898年開業後廃止、1900年9月7日復活、1912年-1915年廃止としている。 『』(咬菜社、1911年12月)p. 12 に臨時百舌鳥停車場の記述あり。 ただし明治40年度(1907年度)版以降の『鉄道局年報』では記載なし。 なお明治38・39年度版では百舌鳥駅に別の場所にあった百舌鳥貨物駅の貨物扱い高が計上されている。 、(各リンクは国立国会図書館デジタルコレクション)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• (国立国会図書館デジタルコレクション)による。 南海電気鉄道 や、今尾 2008 p. 37では我孫子前駅開業は1907年1月6日。 (国立国会図書館デジタルコレクション)• 南海電気鉄道『南海電気鉄道百年史』、1985年、208,664。 (国立国会図書館デジタルコレクション)• 南海電気鉄道『南海電気鉄道百年史』、1985年、664頁。 (国立国会図書館デジタルコレクション)• (国立国会図書館デジタルコレクション)• (国立国会図書館デジタルコレクション)によると「九度山高野山間…」、哩程を示す駅名にも「高野山」とある。 (国立国会図書館デジタルコレクション)• 南海電気鉄道『南海電気鉄道百年史』、1985年、666頁。 南海電気鉄道『南海電気鉄道百年史』、1985年、673頁。 南海電気鉄道『南海電気鉄道百年史』、1985年、678頁。 交通新聞社 : p. 1992年10月13日• 『』第31巻第3号、、1997年3月、 103頁。 南海電気鉄道 『南海電鉄最近の10年 創業120周年記念』、2005年、55,97頁。 外山勝彦「鉄道記録帳2003年2月」『RAIL FAN』第50巻第5号、鉄道友の会、2003年5月1日、 21頁。 - 南海電気鉄道、2012年9月1日閲覧。 - 南海電気鉄道、2015年4月24日閲覧• - 南海電気鉄道、2015年10月8日• - 鉄道ファン・railf. jp 鉄道ニュース、2015年12月6日• - 南海電気鉄道、2017年6月8日• - 国土交通省• - 南海電気鉄道、2017年10月24日• -南海電気鉄道、2018年3月22日• - 乗りものニュース、2018年3月22日• - 毎日新聞、2018年3月31日• 参考文献 [ ]• 「特集:南海電気鉄道」『』臨時増刊号、、2008年8月。 南海電気鉄道車両部・・岩堀春夫『日本の私鉄 南海』〈カラーブックス 811〉、1991年。 佐藤博之・浅香勝輔『民営鉄道の歴史がある景観』1、、1986年。 鉄道局(監修)「鉄道要覧」平成18年度版、電気車研究会。 今尾恵介(監修)『 - 全線・全駅・全廃線』8 関西1、、2008年。。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]•

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南海高野線 駅・路線図から地図を検索|マピオン

南海 高野 線

概要 [ ]• 南海電気鉄道• 高野線は当駅が終点、鋼索線は当駅が起点である。 歴史 [ ]• (昭和4年) - が神谷駅(現在の)から延伸した際の終点として開業。 (昭和5年) - 鋼索線 当駅 - 高野山駅間が開業。 (昭和22年) - 社名変更により南海電気鉄道の駅となる。 (平成12年)10月 - 駅業務を子会社の南海ビルサービスに委託。 (平成21年)2月6日 - 、、、、、、、、、、丹生川橋梁、とともに(高野山参詣関連遺産)に指定される。 (平成29年)-(平成30年):の影響により上古沢駅構内で道床流出が発生し、 - 当駅間が運転見合わせとなる。 - 高野山駅間でバス代行輸送を実施。 なお、当駅 - 高野山駅間のは不定期運行を実施。 2018年(平成30年) - 上古沢駅構内の線路故障の復旧工事が完了し、始発から - 当駅間の運転を再開。 2020年(令和2年)(予定)- 駅のリニューアルオープンにあわせて、当駅を含む乗車券での当駅での途中下車が可能になる。 駅構造 [ ] 高野線ホームは櫛形3面4線、鋼索線ホームは頭端式2面1線となっている(写真では左端中央付近が鋼索線ホーム)。 難波方には主に臨時列車増発時に使用されるがある。 高野線と鋼索線の乗り換えのために作られた駅で、周辺には駅以外の建物がない。 券売機は設置されておらず、乗車券は改札窓口で購入する。 は扉の無い簡易型のもので、以前は磁気乗車券のみに対応していた(現在は・等ICカードによる入出場リーダーも併設)。 乗り越し精算やチャージは改札窓口内に設置された端末での係員による手作業処理となる。 両線の駅舎は不動谷川を挟んで両岸にあり改札内の連絡橋で結ばれている。 のりば [ ] 高野線 ・方面 1 一般種別(各停・急行・快速急行)用 2 特急こうや(乗降は3番線側ホームを使用)・一般種別(各停・急行・快速急行)・観光列車「天空」用 3 特急こうや用 4 特急こうや・観光列車「天空」用 鋼索線 行き (左側) 乗車専用 (右側) 降車専用 特急「」と観光列車「天空」用の3・4番ホームは列車到着までは封鎖され、その乗車時にホーム出入口でおよびの提示を求められる。 また、鋼索線列車は高野線列車の発着に合わせて運行されており、乗り切れない場合は約7分後に臨時列車を運行して捌いている。 、鋼索線ホームにと車椅子用自動昇降機が新設された。 駅前 利用状況 [ ] 乗り換え客を含んだ(平成29年)度の1日平均は 2,228人 である。 乗り換え客を除いた2017年(平成29年)度の1日平均乗降人員は 32人 で、南海の駅(100駅)では97位 である。 専ら乗換駅として利用されている。 以前は当駅で下車する利用客はかなり稀で、ほとんどの乗客はそのまま鋼索線を利用してまで向かうか、その反対方向への乗換えをするだけである。 高野山駅から先の道路はバス専用と一般道路があり、は人も通行できないため、歩いて中心部に向かう場合は、当駅から登山道()を進み、女人堂へ出るルートと、高野山駅から大門方面へ進むルートの2つがある。 各年度の1日平均 乗降人員数は下表のとおり。 年度 1日平均 乗降人員 順位 出典 1980年(昭和55年) 43 - 1985年(昭和60年) 52 - 1990年(平成 02年) 80 - 1995年(平成 07年) 97 - 2000年(平成12年) 55 - 2001年(平成13年) 53 - 2002年(平成14年) 46 - 2003年(平成15年) 44 - 2004年(平成16年) 101 96位 2005年(平成17年) 53 - 2006年(平成18年) 49 - 2007年(平成19年) 49 - 2008年(平成20年) 41 - 2009年(平成21年) 43 - 2010年(平成22年) 42 - 2011年(平成23年) 34 97位 2012年(平成24年) 62 97位 2013年(平成25年) 37 98位 2014年(平成26年) 37 98位 2015年(平成27年) 50 97位 2016年(平成28年) 41 97位 2017年(平成29年) 32 97位 駅周辺 [ ] 駅の北側に駅名の由来となった極楽橋があり、不動坂という高野山への参道に通じている。 駅から極楽橋の袂へは改札を出て右に折れ、を歩いてケーブル駅への連絡橋をくぐり、右(駅構内方向)の道を登ると抜けることが出来る。 不動坂(極楽橋駅~高野山女人堂間の約2Kmにある旧道と新道)は高野参詣道の一つ京大坂道の区間として2016年に「」に追加登録され、橋の塗装が塗り替えられた。 京大坂道不動坂の掲示(塗り替え後) 隣の駅 [ ] 南海電気鉄道 高野線• 急行は当駅 - 河内長野駅間の各駅に停車) NK85 - 極楽橋駅 NK86 鋼索線(高野山ケーブル) 極楽橋駅 NK86 - NK87 脚注 [ ]• - 国土交通省• - 南海電気鉄道、2017年10月24日• www. nankai. 2018年4月4日閲覧。 www. nankai. 2020年6月25日閲覧。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するメディアがあります。 外部リンク [ ]•

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極楽橋駅

南海 高野 線

 世界遺産を有する高野山と難波を結ぶ南海高野線。 中でも山岳区間である橋本〜極楽橋間を走る観光列車「天空」に乗ってきました。 急行に乗って橋本駅へ  「天空」の始発駅「橋本駅」までは、難波から急行または快速急行で。   列車は「極楽橋駅」が終点ですが、その先はケーブルカーが「高野山駅」まで連絡しているので、行先は「高野山 小さく極楽橋 」。  ホーム上の案内も同じく「高野山」。  急行はほとんどの車両がロングシートなのが残念。 ですが、2扉の「2100系」が来たらラッキー。 車端部はボックスシートになっているのでおすすめです。  ちなみに高野線といえば「特急こうや」に乗って橋本まで行きたいところですが、残念ながら「天空」との接続は考慮されていません。  「橋本駅」に到着。    天空に乗る前に、まずは指定席券の引換を。  あらかじめ電話予約ののち、ホームにある引換所で指定席券と引換えます。 ちなみに、席が残っていれば当日購入も可能。 ズームカーが観光列車に変身  指定席券の引換をしている間に、ホームには高野山行き「天空」が到着してました。  山岳区間の森林をイメージした緑に、高野山にある根本大塔をイメージした朱色のラインが入ったボディ。  先頭には10周年の記念ヘッドマーク。  行先表示は特別なやつ。  使用される車両は、1970年に製造したズームカー22013-22014号車。 ズームカーとは、橋本〜極楽橋間を走るために山岳仕様を施した車両のこと。 ではさっそく列車に乗り込みます!  おぉー!座席が全部右側に向いてる!  高野線で一番景色の良い、極楽橋に向かって右側に向かって座席が並んでいます。  前にカウンターがある窓際の座席に座ると、大きな窓から景色が一望!  後ろのピンク色の座席は一段高くなっているので、前に人が座っていても車窓が眺めやすい!  おもしろいカタチの窓から、桜の木がチラリ。 さっそく坂をぐんぐん登っていきますが、まだまだ序の口。  まだ家並みが近く見えますが…  下古沢を通過したあたりから、家や谷底ははるか下に。  もう木の緑しか見えない。   キーキーと音を立てながら、すごい勾配とすごいカーブをゆっくりと走る「天空」。  「天空」の一番の魅力が、2両目の最後部にある展望デッキ。 どんな感じかというと、元は扉があった所を、扉全開のまま走ってるようなイメージ。  そう!こんな感じ!  窓がないから風がビュンビュン!  ガラス越しの景色とは全く違って見える!高野山の自然を全身で感じることができるのが、この展望デッキ。 特に夏は気持ちいいだろうなー。  山の中にポツリとある駅、まさに秘境駅。  朱塗りの鮮やかな橋「極楽橋」が見えてきたら、天空の終点「極楽橋駅」に到着。  高野線の看板列車、特急「こうや」と「天空」。  標高92mだった橋本駅から、わずか45分で標高535mまで登ってきました。 新型ケーブルカーで一気に標高867mへ  連絡通路から極楽橋と桜を眺めながら、ケーブルカー乗り場へ。  極楽橋から高野山までは、このケーブルカーに乗ります!  2019年3月にデビューした新しいケーブルカー。 ヨーロッパ風のスタイリッシュな外観と木のぬくもりを感じる、和洋折衷なデザインが特徴です。  高野山ケーブルの最大勾配は562. わずか0. 8kmの距離で328mも登るのです。 だから車内はこんなに急斜面。  先に見える線路もこんなに急斜面。  「ブーッ」とブザーの合図のあと、ケーブルカーは出発。  どんどん小さくなっていく駅。  途中で下りケーブルカーとすれ違い。  急勾配とカーブのある線路をぐんぐん…  ぐんぐん登り…  約5分で終点の「高野山駅」に到着。  駅のホームから線路をチラリ。 この急勾配を登ってきたんですね。 ケーブルカーってすごい!  高野山駅は2015年に、高野山開創1200年記念大法会に合わせてリニューアル。 外観は昭和5年の開業当時の姿が復元されました。   2階には休憩室や資料展示コーナーが。   特に展望室は絶景!コーヒーでも飲みながらのんびりしたい気分になります。 真田幸村ゆかりの地「九度山」   極楽橋駅へ戻り、再び「天空」に乗車。 今度は難波方2両に繋がれた自由席車に乗り、途中の九度山駅を目指します。     九度山駅は、真田家の六文銭一色。     九度山町は、真田幸村の蟄居の地。 そこで2016年にNHK大河ドラマ「真田丸」が放映された際にリニューアルされ、真田ゆかりの地を演出しているのです。 鉄道ファンの心をくすぐる!駅ナカおむすびスタンド  おや?なぜかホームにお店らしきものが。  ここは、九度山駅の駅舎内にある「おむすびスタンド くど」。  頂けるのは、かまどで炊いたごはんの握りたておむすび。 お米も具材も和歌山県産。 どれも美味しそう! さらにこのおむすびスタンド、鉄道ファンをワクワクさせてくれる仕掛けがいっぱいあります。  店先にあるのは、カウンター? いや、どう見てもこれは「網棚」ではありませんか!  駅舎の隣にはイートインスペース。  扉かと思いきや、これは電車の正面の貫通扉じゃないですか。 車号の「7127」もそのまま。 しかもこの扉は入口じゃなくて、その奥にある通路がホンモノの入口。  これ、車両のホロ!  その先はダメ押し!本物のドア。 いやもう参りました 笑  中から見たら、どう見てもここは電車の中でしょう。  イートインスペースはこんな感じ。  窓の外は、ご覧の通りトレインビュー。  奥にあるのは、なんと!CTCの操作盤ではありませんか!  レトロ感満載の沿線案内図。 こちらは1957~61年頃に制作され、難波駅に設置されていたのだとか。  おむすび2つとお味噌汁のセット。  手前は釜揚げしらすの玉子焼きが入っためはりむすび。 奥はひじきむすび。 お米はどちらも黒米。  トレインビューで頂くおむすびは格別にうまい!  美味しいおむすびはもちろん、鉄道ファンの心をくすぐる仕掛けがいっぱいの「おむすびスタンド くど」。 天空のあとはぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

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