死別ブログ それから。 配偶者と死別した彼氏・彼女・夫・妻を持つ方に質問です。どういう...

hiroinnのブログ

死別ブログ それから

死別ブログで炎上?ちーちゃんやそれから…死別のブログ、けんじとの死別など 死別ブログを書くことで、 誰かに何かを語りかけて自分は生きていると 確認することで自分を保っていられる。 誰か自分と同じ境遇の誰かに、 この声が聞こえるのだろうか。 そんな思いで当てのない誰かに語り掛ける。 そんな精神状態の時は、 みんな自分と同じことをして 死別ブログが炎上するんじゃないかと考えたりする。 自分の大切な人が 自分の住む世界からいなくなったあと。 それから自分はどうやって生き、 どうして自分はこれから生きるのか その意味を探し求めて。 自分が読んだブログ。 楽しいはずの海外留学。 ただドライブしていただけだったのに、 暴走車に突っ込まれ車を運転していたけんじは 突然向こう側の人となった。 けんじの22歳の誕生日の出来事だった。 2000年慢性骨髄白血病と診断され 14年半の闘病生活の末46歳という若さで他界した夫。 それからちーちゃんは 夫へ感謝の気持ちを込めてブログを綴っている。 同じような境遇の人たちと支え 癒し合えるたら思い「おしゃべりの会」を作った。 その事が朝日新聞に取り上げられ、 多くの同じような境遇の人達の癒し、 心のよりどころになっている。 夫死別ブログ…夫(旦那)の突然死…死別のブログがあまりに辛い 死別ブログを読むと 自分はとても息苦しくなる。 誰でもある程度の年齢になったら 大切な人との永遠の別れの経験はあるだろう。 ブログからその人のリアルな気持ちが 皮膚を突き抜けて体に入ってくるような気がする。 自分はこういう人が 周りにいても言葉をかけない。 もし自分なら、 何よりも悪気のない慰めの言葉が 一番傷つき辛いと思うからだ。 9歳離れた夫が41歳で突然死。 当時1歳と3歳の息子たちを残し 予兆もなく、ある日突然の出来事だった。 かわいいマンガ付きで 強く生きて行かねばという気持ちが 伝わってくるようなブログ。 興味のある人はこちらを。 【きみといっしょに~旦那が突然死にました。 ~】 20代で末期がんで夫を亡くし当時子供は1歳。 前に進んでいかなくてはという気持ちで ブログを綴っている。 厳しい現実に向き合う人々 子どもが親よりも早く この世を去ってしまう苦しみ。 死別の悲しみは例えようもないものだ。 4歳だったクランプトンの息子コナーは 53階の自宅窓から転落して亡くなった。 クランプトンは 息子を失った悲しみを乗り越えるために 音楽を通して叫びつづけた。 彼の歌声とギターが悲しく響く。 自分はこの2曲を聴くたびに心が震える。 子供を置いての死別は身につまされる。 自分の友人デニーは 36歳の若さで大腸がんで他界した。 なかなか治らぬ風邪を引いたと思っていたら あっという間の一年だった。 当時子供は5歳と9歳。 3か月間ホスピスに居た時、子供たちをあとに 旅立たなくてはならない事を知っていたデニーに、 自分はかける言葉が見つからなかった。 去っていくデニーの姿、家族のこれから。 彼女の居ない明日という現実。 明日はもう母と会えないとは どういう意味なのか、 子供たちに説明しなくてはならないデニーの夫。 でも彼は泣いていなかった。 泣いていない彼を見るのが辛かった。 人はきっと悲しすぎると 涙が出ないのだろう。 まとめ 愛する人を失った時、 残されたものの痛みと喪失感は計り知れない。 クランプトンは息子を亡くして 12年後にこの曲を歌うのを止めた。 彼はこの曲が薬となり 救われたと述べている。 愛する人を失った悲しみを 何かと置き換える事はできない。 ただ、悲しみは時間と共に 少しずつ形を変えて 人々の心の中に刻まれていくのだろう。 自分と同じく子供との死別を経験した、フィリピーナのエドナ。 彼女の前向きな笑顔に、今も癒されている。 俺自身の死別の体験は、あまりにも多くの人が読む このブログには書きたくない。 そこで、価値観でつながれる仲間だけに、 ニュースレターで壮絶な体験をお伝えした。 これを機会にご縁でつながれたら嬉しい。

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良い影響だけにして〰️。

死別ブログ それから

大切な指輪 指輪というより、これはもう夫。 私の一部。 つけている指輪を親指で触るのがクセになってる。 12月のある日、また無意識に触っていたら、 感触の違う事に気がついた。 指輪を見ると、端のダイヤが一つなくなっている! パニックで探し回り、 講座が終わったときだったので、周りの人も探してくれたけど、見つからず。 みんなが「大丈夫?」と何度も聞いてくれたけど、 大丈夫ではない。 「大丈夫、大丈夫」と言いながら、 帰宅しながら、探し回った。 やっぱりなくて、 脱力しながら、大泣きしながら、 帰った。 電車の中の記憶がない。 家も探したけどなくて。 一晩中、 悔しくて悲しくて 「これは、どういう意味だろう」 と考えた。 指輪をつくるときに あの世の人と話ができる人を介して 夫が言っていたことは、 指輪をつくることは賛成の上で 「もし無くしても、ショック受けなくていいからね。 指輪に骨と髪をいれているからといって、これは俺じゃないから。 物質だから。 だから、大丈夫だからね~。 」 と、いうこと。 どこまでも私の事を分かってくれている。 先日指輪の修理に持っていくと、 数時間で直してくれた。 郵送でもいいとろこだけど、私にとっては やっぱり夫で。 だから送るとかしたくなくて、直接伺ったら、預りじゃなくて、 二時間くらい待ってくれたら直す、と言ってくださり、 本当に本当に、嬉しかった。 理解して貰えているから、安心して2時間を預けられた。 これは、夫ではないけれど、 でも夫のようで 私の一部。 hiroinn 解約とか、したくないし そのままで置いておきたくて ずっと払い続けていた携帯。 1日で、3回ドコモへ行った💦 今まで、何とかそのまま携帯を解約せずに、置いておけるように、 色々調べたり、裏技?使ったり、 すり抜けながら、きて、 でもお金を大分かかるから、 主人は 「もう早く解約したらいいで~もったいない」 って言ってるのは分かってるんやけど、 なかなか、踏ん切りがつかず、だった。 だって、 番号を手放したら、ラインも変わってしまう。 今主人がグループに入っているところに、みんなのところにずっと主人の名前が出ていて欲しい。 これは、私の希望なだけ、なんだけど。 紆余曲折、停止手続きが出来て これも裏技的に。 知りたい人いてたら、メッセージください。 ここへ来るまで私も大変だったから、知りたい人に伝えたい。 なんせ今までのデータを消さずに、停止をしたかったから。 携帯会社ののお兄さんが、良かった。 こだわりたいことも、よく理解してくれた。 他界したことはもちろん言っていない。 解約しないといけないから。 ここまでくるのに、本当に大変だったなぁ。 年末に、本当にもう解約しようと、予約をとっていたんだけど、 主人の幼なじみが来てくれて、たまたまその話をしたら、「ちょっと待ったら?」と、なぜか止まられて… そのまま来たけど、良かった。。 良かった、良かった、言っているけど やっぱり携帯止めるのは とてもさみしくて 車でひとしきり泣きわめいた。 hiroinn 白髪が伸びてきていたが、 ほったらかしていた。 明日は人と会う、 寝る前に、自分のみすぼらしさに気がつき めんどくさくて悩んだが ヘナをした。 そして、お風呂に入った。 髪の毛を洗い ドライヤーで乾かし 丁寧に くしでとかした。 よしよし 自分を労る そんな気分 布団にはいった。 気持ちいいー 気持ちいいよー ふと見たら 2:22 【222を見た人へ】 あなたの中に芽生えた思考が現実になりつつあります。 あなたはもう少しで、その兆しを知ることになるでしょう。 奇跡が起こる直前で足を止めてはいけません。 天界ではあなたの望みを現実にする作業に追われています。 あと少しでそれはあなたの元に届けられます。 肯定的な思考を持ち続けましょう。

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死別反応を少しでも和らげることにつながった私の行動と考え方5選

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こんにちは。 ハワイ在住のMichiyoです。 前の夫の三回忌が過ぎて二人で暮らした家を出た私でしたが、相変わらず将来のことを考えては不安な日々を過ごしていました。 でも一つ大きく変わったことがありました。 前の夫を亡くしてから家を貸すまで、寝室のベッドで眠れず、毎晩リビングのソファーで寝ていた私が、部屋を借りてからは新しくベッドを買って、そこに眠るようになりました。 前の夫と一緒に選んだものばかりだった家を出て、自分の好みの家具を買い、カーテンも買い替えると、それだけでも何か明るい気持ちになりました。 それから一年も経たないうちに、私はハワイに行く計画を立てていました。 ごく短期間の旅行でしたが、ハワイに行く二か月ほど前には、以前このブログに書いたことのある、ハワイ在住のスポーツインストターの女性にも連絡し、ハワイで会う約束をしました。 若いころ一人で海外に行ったことはありましたが、それ以来、二十年以上ぶりの一人での海外でした。 一人で入国審査を受けるなんて久しぶりだったので少しドキドキしましたが、会ったこともない相手でも、知り合いがいるという安心感がありました。 到着当日にはスポーツインストターの女性と合流しました。 飛行機ではほとんど眠れなかったのに、その夜にはその方がインストターをしているスポーツのレッスンを受け、夕食にも連れて行ってもらいました。 明るく素敵な女性だとは思っていましたが、想像していたよりもさらに素敵な女性で、ハワイにいるとこんなふうになれるのかな、と考えたりしました。 「いい人がいるんだけど、会ってみない?Michiyoさんにぴったりだと思うのよね・・・」 その女性もまた、その時の私が決めていた相談相手の条件「幸せそうに見える人」の一人でした。 この人がそう言うなら、会ってみようかな・・・と不思議とそう思えました。 その女性から、相手の男性はとても仕事が忙しく、休みもなかなか取れないと聞いていたのに、その男性は私のハワイ滞在中、平日にも休みを取ってくれて、いろんなところに連れて行ってくれました。 ノースショアまでのドライブの途中、日本人があまり知らない彼のおススメの場所にたくさん寄って、綺麗な景色を見せてくれました。 その合間合間に、「おなかすいた?おなかすいた?」と何度も聞いてくるのがなんだか可笑しくて、笑いっぱなしでした。 その男性が、今の夫です。 ですがハワイ生まれ、ハワイ育ちなので日本に住んでいる日本人よりも明らかに浅黒く、手もゴツゴツしていました。 「この人は、自然に囲まれて、この島で生きてきたんだなあ」 そう思うと、なぜか胸がいっぱいになりました。 前の夫と死別してから、若くして配偶者と死別した方たちも含め、たくさんの出会いがありました。 自分で背を向けなければ、人生は必要な時に必要な人と出会えるようになっている。 それを改めて気づかせてくれた、人生捨てたものじゃないと思えた旅でした。 MichiyoIkeda.

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